第611話 お着替えタイム
セーレさん推薦のサンバ衣装は丁重にお断りし、普段着である『ぬののふく』でディルマの町に繰り出すことにした。
一国の王都というだけあって、防具が必要となるほどの危険な事はほぼない。
せいぜい、喧嘩に巻き込まれるか、馬車に轢かれるかぐらいである。
治安も安定しているそうなので、マロンちゃん連れでも安心して出かけられるな。
そのマロンちゃんは、シャーロットとお揃いになるようフード付きローブを入念に選んでいる所だ。
というのも、シャーロットが初めに提示した認識阻害付きのローブは、予備として持ち歩いているモノなので、残念ながらマロンちゃんにはサイズが合わなかったためである。
それでも、とお揃いコーデを望むシャーロットが無理矢理着せてみたのだが、裾を引きずるだけの、いわゆる十二単状態だった。
さすがにこれで町を歩くのは無理だろう。
幸いと言っていいのかわからんが、セーレさんの屋敷にはサンバ衣装以外にも彼女達が着られそうな服が山ほどあった。
セーレさん曰く、「誘惑の基本は衣装からよー」らしい。
ちなみに彼女の勝負服は『全裸』である。魅惑の基本はどこ行った。
「おーい、そろそろ行かないかー?」
『もうちょっとだけ。あと一着、試着したら行くから』
「それ、さっきも言ったー」
うーん……女の着替えに掛かる時間ってのを舐めてたな。
普段はシャーロットもシュリもパパッと着替えるので、ここまで待つとは思わなかった。
姉はそれなりに時間をかけるタイプだったが、余所行きの姉と出かける事なんで無かったので、それほど気になりはしなかったのだ。
あまりに暇なんで、バックドアでも呼び出して機能の解放に行きたいぐらいだった。
区画は全部解放できたけど、機能は全然だからな。
MPも余り気味になって来てるし、解放できそうな機能はジャンジャン開放していきたい。
機能を開放していけば、飛空艇召喚のスキルも上がるだろうしな。
今の状態でカンストだとは思えないし、上がるとすれば機能解放ぐらいだしな。
それとも飛行距離や時間でも上がったりするかね?
マニュアルでもあればいいんだけど、今のところマニュアルらしい存在といえばタンポポぐらいだ。
シャーロットの話じゃガイドフェアリーのタンポポには、そういった能力もちゃんと持っているらしいんだけど、いかんせん表現方法がなぁ。
まぁその辺はタンポポの成長に期待だな。
そんな事を思いながら、俺は衣裳部屋の前に居る。
彼女が服屋で試着しまくるのを待つ彼氏もこんな気持ちで待っているのだろうか。
『もうすぐだ。もうすぐでマロンちゃんのベストなコーディネートが完成する』
「マロンちゃんはお前の着せ替え人形じゃないからなー」
なお、ベストコーデ云々は三回目である。
決まった! という度に、シュリが奥から新しい服を発掘してくるためである。
なんで幼女用の服が、そんな一杯あるの? ってツッコミは野暮なんだろう。
「あの子供服はねー、着られなくなったらウチで預かって、次の子にあげてるのよー」
「それはいいアイディアですね」
子供ってのはすぐに大きくなるからな。
庶民は古着が基本とはいえ、成長に合わせて買い替えるだけでも、結構な負担になる。
こうしてレンタルできるのであれば、家計は大助かりだろう。
「よし、これで完璧だ。どうだ? 中々の出来であろう?」
「却下。なんだ? そのフリフリ過多な服は。そんなんで外を歩いたら、即行攫われるだろうが」
ようやく男子禁制である衣装部屋兼更衣室から出て来たシャーロット達。
その後ろから、マロンちゃんがぐったりした様子で出て来たのだが、彼女が身に着けた衣装が微妙過ぎた。
シャーロット監修のその衣装は、一言で言えば某ネズミの国限定で見られそうな、いわゆるプリンセスドレスだった。
確かに、マロンちゃんにその衣装は似合っている。
むしろ似合い過ぎて、変態紳士に目を付けられそうなほどだ。
俺のストライクゾーンがそっち方面であれば、今すぐ攫ってしまったことだろう。
今日ほど、自身の嗜好がソッチ系で無かった事を安堵した日はないな。
「それじゃあ、どう見てもやんごとなき身分のご令嬢って感じだろうが。そんなんで町なんか歩けるのか?」
「ふむ……それもそうだな……。分かった。もう一度やり直そう」
マロンちゃんが「え? あの地獄をまだ繰り返すの?」って顔になった。
シャーロットに抱きかかえられ、マロンちゃんは目が虚ろなまま衣裳部屋へと消えていった。
あの目、幼女がしていい目じゃなかったのだが、子供といえど流石にあの恰好の人と一緒に歩くのは精神的に無理なんだ。
俺の自己満足のためで申し訳ないけど、もう一回だけお願いします。
ということで再び、長い待ち時間となったわけだが、俺のダメ出しが原因なので、大人しく待つ事にする。
これがシャーロット都合であったなら、きっと俺は一人で出かけていたな。
だが、それをしてしまった場合、マロンちゃんの俺への好感度はマイナスどころかどん底に落ちる事は間違いない。
俺はロリコンではないが、幼女に嫌われて平気でいられる様な人間でもない。
迫りくるヒマと脳内で戦いながら、その時を待ち続けるのであった。




