第603話 セーレ
「着いたぞ。ココがセーレの屋敷だ」
「やっと着いたか……」
ようやく……って程でもないが、ディルマ入りした俺達の前に立ちはだかったのは、セーレさんの居場所が分からない問題だった。
しかしソコは元魔王のシャーロットさんの顔の広さが役に立った。
なんとセーレさんってのはシャーロットの元同僚であり、五百年来の友人だったのだ。
アイナ婆さんの師匠の師匠がシャーロットの旧友だったとは、世間というものは思ったよりも狭いんだな。
さっそくシャーロットの案内でセーレさんの屋敷に向かう俺達。
だがここで更なる難関が俺達の前に立ちはだかったのである。
その難関とは、言うまでも無くシャーロットだ。
コイツの案内力の低さを考えてなかった……と俺が猛反省したのだが、それは後の祭り。
途中で何度も「その辺の人に聞いた方が早そうだよな……」と思ったのだが、一度丸投げしてしまった以上は最後まで任せるのがマルナゲン(丸投げする人の総称)の掟である。
文字通り紆余曲折を経て、ようやくセーレさんの屋敷へと辿り着けたのは、すっかり日が暮れた後だった。
シャーロットの助力で短縮された時間が、シャーロットの助力で相殺された形である。
まぁ相殺されたのは僅かと言ってもいい時間だけどな。
それに彼女には最後の関門をクリアしてもらわなくてはならない。
屋敷まで辿り着いたのはいいが、当然アポなど取っている筈がない。
孫弟子であるアイナ婆さんといえど、そう簡単に会えるとも限らない。
ギルドの依頼票があるとはいえ、それもどの程度の効果があるか……。
俺やシュリなどに至っては論外といえるだろう。
そこで再度登場するのがシャーロットだ。
旧友と豪語するのだから、アポ無しだろうと会ってくれるはず。
むしろ会ってくれなければ、五百年の親交は何だったのかと思い悩むことだろう。
ずっと友達だと思ってたら、ただのビジネスライクな関係のみだったなんて、俺だったらメチャメチャ凹む。
「ロッテ!! ロッテなの!? いつ戻って来たの?!」
「セーレ。すまないが再会を喜んでいる暇はない。急患なんだ。お前の手を借りたい」
俺の心配は杞憂だった。
シャーロットが使用人らしき人に挨拶すると、即座に応接室っぽい所に案内されたのだ。
そしてやって来たのは、キング――いや女性だからクイーンか――クイーンなスライム様だった。
……失礼。取り乱しました。
改めて……セーレさんとは、とある場所がクイーンスライム様な妙齢の女性だった。
あぁそりゃあもう、思わず注視したくなるほどのスライム様だった。
シャーロットがここに来た経緯を話している間も、そんな視線に慣れているのか、特に嫌がる様子も無かった辺りに大人の余裕というか風格すら感じられるほどだった。
シュリが「負けたッス」とか呟いてしまっていたが、あれには誰も敵わないんじゃないかな。
「そう……そういう事なら仕方ないわね。でも……」
「あぁ分かってる。今度は黙って居なくならない」
「約束よ。それで急患の人はどこ?」
「あぁ、こちらのご婦人だ。アイナ婆さん、あとは頼む」
「初めましてセーレ様。アタシ……わたくしはアンリの弟子のアイナと申します」
「アンリの……それで、あの子は……元気にしているの?」
「いえ……こちらの娘を産んだときに……」
「そう……残念ね……」
アイナ婆さんの師匠もアンリなのか。
親子で同じ名前って、ややこしくね?
それとも、なんとかジュニアや何代目みたいに、偉大な親や師匠の名をってことで、割とよくあるのか?
少しシンミリした様子のセーレさんだったが、気を取り直したようにマデリーネさんの容体を診察し始める。
アイナ婆さんにも質問しているが、なんかビックリしているな。
「こんな短時間でなんて、信じられないわ」って、あぁそういう事か。
まぁマウルーからここまで、二時間も掛かっちゃいないからな。
信じられないのも無理ないか。
アイナ婆さんが質問攻めにされるのを見かね、シャーロットが説得に入ったが大丈夫だろうか?
うっかり飛空艇の事をバラしたりしないよな?
まぁガロンさん達にもバレてるわけだし、一人や二人知っている人が増えたところで今更なんだけどな。
シャーロットの説得が上手くいったのか、あるいはそれどころじゃ無くなったのか。
セーレさんは質問を諦めると、さっそく手術に入ると言い出した。
アイナ婆さんは最後まで自然分娩を目指していたのだが、やはり母子の安全を考えれば帝王切開に踏み切った方がいいらしい。
手術であればどこか手術室のある病院だかに移動なのか?
と思いきや、セーレさんの屋敷には手術室まで完備しているらしい。
まるでどっかの凄腕無免許医みたいだけど、報酬の方は凄腕無免許医並じゃない事を願おう。
セーレさんを先頭に、マデリーネさんとメイドさん達が手術室に入っていく。
メイドさん達は使用人兼手術の助手らしい。
加えて助手ではないがアイナ婆さんとアンリ先生が、後学のためにと立ち会うらしい。
アンリ先生はともかく、婆さんに後学が必要なのかは謎だけど。
いや、学びたいと思う心に年齢は関係ないか。
向こうの世界でも、四十五十になっても大学に入る人だっていたぐらいだしな。
どんな経験でも、無駄にはならない筈だ。
そうして残された俺達に出来る事は、マデリーネさんと子供たちの無事を祈ること位。
不安そうにうろつき回るガロンさんを宥めつつ、その時を待ち続けるのだった。




