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第589話 果たすべき約束

「毎度ありー。いやー正直、この町じゃ売れないと思ってたんで、助かったよ」


 カゴ一杯の唐辛子で金貨一枚。

 金貨一枚でガロンさんの宿(一泊銀貨二枚)が50日泊まれることを踏まえると、結構なお値段である。

 本当はもっとするのだが、まとめて買ったことと投げ売りするしかないか、と諦めていた事もあり、半値にまでまけてくれた。


 まとめ買いはともかく、投げ売り云々は黙っておけばもう少し高く売れただろうに。

 このオジサン、微妙に商売下手のようだ。

 まぁ商売上手なら比較的安価で胡椒が手に入るこの町で、同じ香辛料系ともいえる唐辛子を売ろうとはしないか。

 ある意味、このオジサンが商売下手だったお陰でコイツを手に入れる事が出来たって訳か。


「ふっふっふっ。やっぱりショータさんの事だから、丸ごと買うと思ったっスよ」

「まぁ簡単には手に入りそうもない代物だからな。この機会を逃すと、次はいつ見つけられるか怪しいし」

「あたしも場所は聞き出そうとしたんスけどねー。『なんも買わねぇ奴に教えてやる義理は無ぇ』ってけんもほろろで取り付く島もないとはこの事だったっス」


 シュリにお小遣いとして渡してある金貨一枚は、彼女の給料というか取り分からの前借りのため、パーっと使い切る訳にはいかなかった。

 その割にはほとんど使い切ってるらしいが、前借りの前借りは流石に却下だからな?

 お前も45(ヨンゴー)組とか呼ばれたくないだろ?


 シュリの財布事情はさておき、念願……でもないが、思わぬ掘り出し物ともいえる唐辛子。

 思わず反射的に箱買いならぬカゴ買いしてしまったワケだが、困ったこと二つも出来てしまった。


 一つは使い道。

 カゴ一杯の唐辛子なんて、どうやって消費したらいいのか、サッパリ思いつかない。


 俺に思いつけるのはニンニクと唐辛子を使ったペペロンチーノぐらいだが、あれは一人前で一本使うか使わないか程度だった覚えがある。

 カゴ一杯の唐辛子をペペロンチーノで使い切ろうとすれば、一体何人前になるのか、想像もつかない。


 シュリに聞いてみても、「唐辛子の使い道っスか? うーん……キムチっスかね?」である。

 そうか。そういえばキムチがあったな。


 辛いのが苦手……って程ではないが、あまり好き好んで食べたいとは思わない俺でも、キムチだけは割と食べるのだ。

 会社の同僚が韓国旅行に行った際、お土産のリクエスト(自費)に韓国ノリと一緒に頼む程度には好きだったりする。


 ただ残念な事に、キムチの作り方を俺は知らない。

 料理のバイブル『美味〇んぼ』でもキムチを扱った回は何度かあり、作り方も紹介されてた覚えはあるが、詳細までは覚えていない。

 うろ覚えだが、単純に唐辛子の中に野菜を漬け込むだけではダメなのだけは分かっている。


 折角手に入れた唐辛子を、出来るかも分からないような漬物に使うのは少々勿体ない。

 飛空艇を使って継続的に入手が可能であれば視野には入れるだろうが、今は使うとしても少量で試す程度だろう。


 ……うん、ガロンさんに丸投げだな。

 下手な考え休むに似たりって言うし、俺程度が一人で考えるより誰かと相談した方が早いしな。


 という事で一つ目の困ったことは『保留』で。

 それより、二つ目にして最大の困ったことをどうクリアすべきか。


 To be, or not to be: that is the question:


 シェイクスピアの名作『ハムレット』の主人公も、こんな心境だったのだろうか?

 いや、ハムレットと俺では状況が違うか。


 向こうは復讐をするかしないかで迷っていた。

 コッチは唐辛子を食べるか食べないかで迷っているだけだ。

 悩みのレベルが違うな。


「なにボーっとしてるっスか? さぁ今こそ約束を果たすときっスよ」


 約束。

 それは彼女が小学生の頃、俺の身代わりで青唐辛子を食べてしまった事に起因する。

 あの時、俺の姉に騙されシシトウと勘違いしたシュリは、青唐辛子の辛さに悶絶し、以来辛いものがダメになったそうだ。

 その仕返しとして彼女が要求したのは、俺の姉に青唐辛子を食わせるか、俺が姉の代わりに食べるか。

 その二択だった。


 もちろん自ら青唐辛子を口にするなんて真っ平ごめんなので、是非とも姉に食わせたいところだが、ここは異世界アルカナ。

 当然、姉の姿は無いし、彼女を呼び出す(すべ)もない。


 必然的にお鉢は俺に回ってくるワケだ。

 しかも、俺はよく覚えていないのだが、ちゃんと「唐辛子が見つかったら丸ごと食べる」と約束までしてしまったらしい。


 そんな口約束を盾に取り、「今すぐ唐辛子を食え」と迫るシュリ。

 頼みの綱のシャーロットは、「約束は果たさないとな」と当てにならない。

 今まで空気だったアレク君は、ここでも空気のままだった。

 つまり俺に助けは無い。


 仕方ないか、と諦めにも似た覚悟で唐辛子を手に取る。


「おや? 味見する気かい? オレが仕入れたのは辛みが強いヤツらしいから気を付けな」


 ……なぜ今言う!?

 いや、オジサン的には親切で言ってくれたんだろうけど、そんな事を聞いてしまったら、もう食べる事なんか出来っこないだろ?!


 シュリを見る。

 彼女は無言で首の前に立てた親指を水平に動かす。

 慈悲は無いらしい。


 アレク君を見る。

 何故か彼は興味津々の様子だ。

 なんなら代わってあげたいぐらいである。


 オジサンを見る。

 コイツ、マジで食う気か? って顔をしている。

 俺だって食いたくなんか無い。


 最後に、シャーロットを見る。

 ガンバレって感じのサムズアップされた。

 慈悲は無かった。


 手の中の唐辛子を見る。

 真っ赤な色合いは、いかにもからそうだ。

 そういえばからいってつらいとも読めるんだよな。

 今、まさにそんなつらい状況ってやつだな。


 ラッキーアイテムの効果って切れたのかね。

 なんか、こう……思わぬハプニング的な事が起きて、有耶無耶にならないかと期待しているんだが。

 そもそも、なんでファンタジーな世界に来てまで、こんな罰ゲームしなきゃならないのか。


 ……あっ、そうだ。

 ファンタジーな世界なんだから、辛さを抑えるような魔法でもあるんじゃなかろうか?

 いや、それよりも人は辛さを味覚として認識しているわけでは無いって、なにかで読んだな。

 辛いってのは痛覚が担当している分野であり、甘さや酸っぱさを感じる味覚とは関係ないらしい。


 つまり痛みを軽減する魔法であれば、唐辛子を丸ごと食ってもダメージが少なくなるワケだ。

 シャーロットがそんな魔法を知っているかは知らないが、聞いてみる価値はあるだろう。


(……という事なんだが、なにかいい魔法はあるか?)

(ふむ……なぁショータ。そんな都合のいい魔法がそう簡単にあると思うか?)

(……だよな。いや、いいんだ。ダメ元で聞いただけだし)

(答えは、『ある』だ。良かったな、私が物知りで)


 慈悲はここにあったらしい。

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