第582話 魔法の胸当て
薄暗い店内。
整頓されていたり、かと思えばゴチャッとしていたり。
多分、それぞれがそれぞれの場所を、思い思いにディスプレイしたのだろう。
そんな店内の一角。
これはどちらのディスプレイか。
よくあるロッカー棚の一つに、その皮鎧は展示されていた。
一見すると何の変哲もない、タダの皮製の胸当て。
だがその値段は驚くほど高価な値札が付けられている。
そのせいか展示されて以降、誰も手に取った様子も無く、薄っすらと埃が浮き始めている。
そんな皮の胸当てを指し示すフランさん。
通常なら、「あんなボッタくり価格な胸当て、誰が要るか!」と突っぱねる所だが、その効果を知れば誰もが納得するだろう。
あの胸当てこそフランさんの野望の成れの果てであり、俺の求めるモノすなわちマジックバッグそのものであるのだ。
「アレ……ですか」
「あぁ。ウチにあるマジックバッグっつったら、アレぐらいだな」
折角の空間石なんだから、もっとマシなものに使って欲しかった……ではないな。
仮に普通のマジックバッグとして使われていたなら、こうして売れ残ったりしなかっただろうし。
あの胸当て。
価格もさることながら、やはりその機能がネックとなったのだろう。
とある部分がおっきな人を、見た目だけでも平らにしてしまう胸当てなんて、誰が買うというのか。
少なくとも、俺だったら買わないし買わせはしない。
とはいえ、それはあくまでもおっきな人が装備する場合に限る。
つまり……元々おっきくない人が装備する分には一向に構わないのである。
具体的にはクレa……ゲフンゲフン、まぁバブルさんにならきっと似合う事だろう。
「なぁシャーロット。あの胸当てにマジックバッグ機能があるのは確認済みだけど、どうする?」
「なに!? マジックバッグだと?」
「あぁそうだ。シュリが着けてたアレと同じヤツだ」
シュリが勇者をしていた頃、彼女を彼に見せかけるために同じような発想の胸当てが作られていた。
その胸当ては今も飛空艇内に残されているのだが、勇者の紋章入りなうえ材質もミスリル製と、どう考えてもトラブルの元にしかならず、使い道のないまま放置されている。
せめて紋章が無ければ、まだ使い道があったんだろうけどなぁ……でもキラキラしすぎて、いかにもミスリル製って感じだから、やっぱ使いにくいか。
まぁいつか日の目を見る時が来ることを願い、倉庫の肥やしにしておこう。
っと、考えが明後日の方向に行ってたな。
シャーロットにも相談してみたが、やはりマジックバッグは貴重品らしく、胸当てに付与されていようが、入手できるならその方がいいらしい。
値段についても、マジックバッグとしてみれば妥当な価格のようだし、買ってしまうとしよう。
「まいどありー」
上手くフランさんに乗せられたような気もするが、シャーロットも言うようにマジックバッグを手に入れる機会なんて、そうそう在りはしない。
チャンスの女神は前髪しかないとも言うしな。
……この例えを使う度に気になるんだが、なんで髪を掴もうとするのだろう?
普通に手を取るんじゃダメなのか?
むしろ前髪をワシっと掴まれたら、どんなに温厚な女神様であっても大激怒するんじゃね?
そもそも女神なのに前髪のみとか、斬新過ぎる髪型だろう。
だから俺は新しい例えを提示しようと思う。
『チャンスの女神のオッパイは前にしか付いていない』
どうだろう?
少なくとも斬新過ぎる髪型ではなくなったはずだ。
もちろん、掴んだ時の事は考えていない。
髪は女の命とも言うし、そう言った意味では乳も髪も掴まれたら嫌なモノに変わりないだろうからだ。
なお、この女神様の乳のサイズに関しては特に表記しない。
掴める程度に大きいかもしれないし、あるいは小さすぎて掴みにくいかもしれない。
ひょっとしたらその人のチャンス力によって、サイズが変わるのかもしれない。
俺の女神様はきっと大きいと思いたい。
しかも掴みやすそうな形なら最高だ。
そう、この目の前で揺れている褐色スライムさんのように。
「フン!!」
「――っ!!」
「人の胸をジロジロ見るなと言ってるだろう? これはその罰だ」
正拳突き。
それも拳を捻るように打たれたそれは、まさしくハートブレイク・ショット。
人の乳を掴む前に、俺の乳が掴み取られつかと思ったぜ。
「ゲホッゲホッ……あー心臓が止まるかと思った」
「なんなら本当に止めても良かったのだが……」
「……さ、さーて、アレク君には盾、クレアには鎧を渡すわけだが、そうなるとベルの分が欲しくなるな」
「そうだな。私としては武器である斧を買い替えるべきだと思っている」
「そうなのか?」
「あぁ。彼女が使っているのは村で使ってたものらしいが、所詮は木こり用のものだ。戦う為の斧ではない」
「なるほどな」
木こり用と戦闘用でどう違うのかは分からんが、シャーロットが言うんだから、そういうものなんだろう。
ただ武器ってのは防具と違って振り回したりする。
持ち手の部分やら重心やら、使い手がしっくりくるような武器じゃないと、かえって危険なんじゃないかな?
かといって三人へのプレゼント、しかもサプライズ的に渡すつもりな以上、事前に選ばせるのも違うしなぁ。
「なんだ? 斧が必要なのか?」
「えぇまぁ」
どうしたもんかと悩んでいる俺達に、フランさんが入ってくる。
あ、そうだ。(自称)天才鍛冶師なフランさんなら、ベルに合う斧を見繕ってもらえるんじゃないかな?
「うーん……ベルってのは熊獣人の娘の事だよな?」
「えぇまぁ」
あれ? フランさんは大きい人を目の敵にしているよな?
そしてベルは年齢はともかく、色々と大きいよな?
……デカい奴に渡すような武器は無い! とか言い出したりしないよな?
「ん? まぁおっきい奴らは憎たらしいが、それとこれとは別だろ?」
大きい人を憎む気持ちは否定しないんですね。
「それに、熊系の獣人ならもっとデカいのもいるからな。ベルとかいう小娘程度、熊獣人の中じゃ小さい方だ」
おおう。ベルでも小さい方なのか。知らなかったぜ。
となると熊獣人でデカい方の人って、どんなもんなんだ?
カップサイズが足りなくなる程なのか?
でもテレビで見たギネス級の大きさだと、アンバランスすぎて違和感しかないんだよな。
やはり限度ってもんがあると思ったね。
やっぱ大きさも大事だけど、形やバランスも大事って事だ。
つまりか褐色スライムさんこそ最強って事だ。
なんで後半、乳談議になったんだろう……




