第562話 おなべのふた
「そうか……明日は休日にしたいと……」
「あぁ。最近、調査依頼だとかでゆっくり休めなかったからな。明日は休みにして、ゆっくり休養するのもいいんじゃないかと」
クレアとベルにはアレク君から連絡するので問題ない。
シュリは俺が休日宣言したその場にいたから問題ない。
問題があるのはシャーロットだ。
ヤツもなかなかのワーカーホリックだからな。
彼女だけは俺から伝える必要がある。
いや、本当はシュリに押し付け……もとい頼みたかったのだが、「そういうのはリーダーから伝えるものっス」と突っぱねられたのだ。
代役がいない以上、俺自身が出向かざるを得ない。
ということでシャーロットが占領する寝室へと来たわけである。
なお、彼女が寝室を占領している件については気にしないでほしい。
彼女に「昼飯の時に俺を諭してくれた礼代わりに設備使い放題だ」と告げたら速攻で占領されただけだ。
大浴場とビールサーバーは既に使い放題になっている。
となれば彼女が狙うとしたら寝室ぐらいのため、予想はついていた。
まぁだいぶ無防備な格好で出てくるのは予想外だったけどな。
バスローブから覗く褐色スライムさん、ちぃーっス。
介添え役で風呂が堪能できなかったんで、もう一回入り直したんスね。
相変わらずの艶々フルフルはそうやって維持してるんスね。
「ショータ。私もうっかりこんな格好で出てしまったから強くは言いたくないのだが、いくら何でも見すぎではないか?」
「おっと、すまん」
一応、概観視で見てたんだけど、意味なかったか。
あぁガン見してたんですね。それじゃあバレるのも仕方ないか。
「で、話というのはそれだけか?」
「んー、強いて言えばそんなもんだな」
「つまり、強いて言う程でもないが、話したいことはあると?」
「察しが良くて助かる」
「……まぁよかろう。お前があの武器屋夫妻の元に行くというなら、ついでに頼みたいことがあったからな」
そう言ってシャーロットは寝室へと誘い入れてくれた。
そんな恰好だと、別の意味で誘われてそうである。
まぁホイホイ乗ったところで、返り討ちに遭うだけだが。
「さて、お前の話を聞く前に、私の方の話を済ませておくことにしよう」
シャーロットはベッドの脇にある二脚あるソファーの一つに座ると、優雅に足を組みつつ話を切り出す。
おぉ、バスローブから覗く褐色スライムさんも良かったが、こちらの太ももさんも中々……
っと、いかんいかん。
シャーロットは俺を信用して招き入れてくれたのだから、その信用にぐらいは応えないと。
「えーっと、フランさん達に何か用があるんだっけ?」
「あぁ。と言っても、正確に言えば用があるのは私では無いのだがな」
「? どういうことだ?」
「そのだな……アレクの使っている盾の事だ」
「あー、アレか」
そういや、いつの間にかアレク君が丸い盾を使ってたな。
旅の途中なのに何処から手に入れたんだろう、と思っていたが、シャーロットからの提供だったのか。
「いや……私からの、というよりはお前からの、と言う方が正しいな」
「だよな。やっぱりアレって寸胴鍋のヤツだったか」
あの輝き、あの丸さ、あの平たさ。
どこからどうみたって『おなべのふた』である。
となれば出処など、自ずと知れてこよう。
「あぁ、そうだ。アレクに相談されてな。ヤツは料理系のスキルも持ってるようだし、試しに使わせてみたのだ」
「試しにって……言う方も言う方だが、使う方も使う方だな」
「言うな。迷い人が残した文献に『鍋の蓋は盾』という記載があった事を思い出し、つい提案してみたのだが、まさか使いこなせるとは思ってなかったのだ」
迷い人か……迷い人なら元ネタも知っているか。
あるいは塚原卜伝の鍋の蓋の逸話が元になったのか。
どちらにせよ、変な認識を残したことに間違いはないな。
「だが、アレはあくまでも応急処置だからな。こうして町に戻って来た以上、ちゃんとしたものを身に付けさせたい」
「当然だな」
『おなべのふた』といえば、防御力は最低レベルというのが常識だ。
もちろん寸胴鍋用の物なので材質的にはステンレス製であり、本物(?)の『おなべのふた』に比べればはるかに防御力はあるだろう。
それでも所詮は『おなべのふた』。
持ち手の形からして、守る事に向いているわけでは無い。
シャーロットの言う通り、早急にもっとマシなものに交換するべきであろう。
「でも、それなら何でお前が俺に頼むんだ? 本人に交換に行かせるべきじゃないのか?」
「私も戻って来た時、アレクに言ったのだがな……どうもあの鍋蓋が気に入ったようで、聞き入れないのだ」
「そ、そうか……」
アレク君って、割と何でも聞き入れてくれそうなイメージがあったけど、彼にも譲れない拘りがあるんだな。
それが『おなべのふた』ってのが彼らしいっちゃ彼らしいけど。
「そこでだな……お前が代わりの盾を用意すれば、アレクのヤツも使うのではないかと」
「なんで俺だと大丈夫なんだ?」
「一応、お前はアレクのご主人様だろう? そのご主人様の贈り物ならば、アレクも素直に使うのではないかと思ったのだ」
「それはどうかなぁ……」
師匠であるシャーロットが言ってもダメだったんだろう?
だったら俺が言ったって聞かないんじゃないかな。
「試すだけ試してみるけど、期待はするなよ」
「分かっている。ショータでもダメなら諦めるしかあるまい。……さて、私の話は以上だ。ではショータの方の話を聞こうか」
「俺か、俺の話というのはな……俺もこっちのベッドで「断る」ねかせ……」
早いよ! 食い気味に断るなよ!
そこは少しぐらい考えてくれよ。
これでも一応オーナーなんだからさ。
「今夜の寝室の使用権は私にある。よって譲る必要もない。分かったな?」
「……ま、まぁダメ元で聞いてみただけだからな」
と、素直に諦めると見せかけ、夜な夜なコッソリ忍び込んでやるぜ。
「もちろん、夜な夜なコッソリ忍び込んだとしても叩き出すからな?」
「あ、あぁ。そんな事は当然だよな。うん、分かってる分かってる」
ヤベェ……コイツ、目がマジだ。
迂闊に忍び込んだら、マジで叩き出される。
いや、叩き出されるぐらいならまだマシで、下手すりゃもっとひどい事になりそう。
例えばそう……身ぐるみはがされ、宿の廊下に立たされるとか。
そんな社会的地位まで抹殺するような、そんな仕打ちをされそうである。
ここは戦略的撤退がベストだろう。
そう判断し、俺は空き部屋である203号室に向かうのであった。




