第554話 ステーキ
「おぉ、そうか。若木は無理だったが、苗は手に入っていたのか。そうかそうか。いや、よかったよかった」
シャーロット達からのプレッシャーに負けた俺は、ちゃんと目的のモノは手に入れてあることを伝えるべく、厨房に入る。
そこで目にしたのは、ガロンさんが何かのブロック肉を切り分けている所だった。
ブロック肉の脇には切り分けられた八枚のソコソコ厚みのある肉。
たぶん、これから昼食の仕込みでもしようとしていたのだろう。
その手を止めてもらい、ついでに切り分け用の包丁も置いてもらう。
丁度、必要な分を切り分けたところだったと言われたので、いいタイミングで入ってこれたようだ。
ガロンさんがブロック肉を厨房の奥に仕舞い終わるのを待ち、戻って来た所で苗の存在を明かす。
包丁を置いてもらったのは、サプライズ演出――といえば聞こえはいいが、要は騙した事――に気付いたガロンさんが、ついうっかり手を滑らせてしまわない為である。
もっと言えば、騙され激高したガロンさんが、血迷って俺に襲い掛かって来る事を想定して、ってのもある。
まぁ俺の想定はタダの杞憂に終わった訳だがな。
俺の説明を聞き、苗を見たガロンさんは、ホッとしたような少し怒ったような、そんな微妙な笑顔を浮かべると、先程の言葉を発したのだ。
そうしてガロンさんはもう一度厨房の奥へを消え、再び現れた時にはブロック肉を持っていた。
ブロック肉をまな板に置くとおもむろに包丁を手に取り、その刃を俺に……ではなく、切り分けていたブロック肉に振り下ろす。
新たに切り分けられる肉。
既に切り分けられている分を含めると、えーっと……全部で九枚か。
それぞれの肉の厚みからすると、一枚で一人前といった所か。
ん? 一枚で一人前? なんかおかしくないか?
……よし、状況を思い出してみよう。
・ガロンさんは説明する前、八枚の肉を切り分けブロック肉を仕舞った。
・説明した後、肉をもう一枚切り分けた。
・肉の分量は一枚で一人分。
・現在、この宿にはガロンさん一家の三人と俺達が六人、計九人いる。
つまり……
「もしかして、今切り分けた分って……」
「おう、オメェの分だな」
「えーっと……ひょっとしなくても、苗を見せなければ……」
「オメェだけ、この肉は無しだったな」
………………
…………
……
おk、全ては結果オーライ。
食いっぱぐれるヤツはいなかったのだ。
そう俺は納得した。
なんやかんやで昼食である。
今日は豪勢にランペーロのステーキだ。
肉の旨味を存分に味わう為、味付けは塩と胡椒のみ。
と思わせ、ガロンさんは『とっておき』だと言わんばかりに、あるツボを取り出す。
中を覗き込むと、黒っぽい液体が入っている。
これは……醤油か?
匂いは間違いなく醤油だ。
だがガロンさんがタダの醤油を『とっておき』として出してくるものだろうか?
いや、この世界のおいてはタダの醤油であっても十分『とっておき』になるんだろうけど。
それでも、俺にとってはタダの醤油に過ぎない。
だってあの醤油、飛空艇産のヤツだからな。
文字通り、タダ(金額的な意味で)の醤油だ。
「ランペーロの肉と醤油の相性の良さは分かりきっちゃいたんだがな……コイツとの相性まで良かったとは思わなかったぜ」
そういってガロンさんはツボの中身をスプーンでかき混ぜる。
黒い液体が渦を巻く中、何やらゴロゴロしたものが浮かび上がる。
あれは……ちょっと黒ずんでいるけど、もしかしてニンニクか?
ひょっとしなくても、ニンニクを醤油に漬け込んでいたのか?
ガロンさんはニンニク醤油をステーキに振りかける。
途端に醤油とニンニクの香りが広がる。
あぁ……これは……この匂いには抗えない。
俺は夢中になってステーキを掻っ込む。
惜しむらくはご飯が用意できなかった事か。
だがそれを補って余りある、肉の暴力。
誰かが言った。
肉は塩と胡椒だけでいい、と。
それ以外の味は、肉の旨味を味わうのに邪魔なだけだ、と。
今なら言える。
それは断じて否! と。
ニンニク醤油無くしてステーキを語るなど、言語道断だ、と。
異論は認める!
だけど聞き入れない!
今はステーキとニンニク醤油のコラボレーション? コンビネーション? それともマリアージュ?
なんだか良く分かんないけど、とにかく味わう事が先決だ。
夢中になって食べ進め、あっという間に完食する。
俺はステーキにはライスをつける派なんだが、もう無くても満足である。
満腹満足な心地よさの中、ふとあることに気付く。気付いてしまう。
「あの……ガロンさん。もしかして、苗を見せなかったら……」
「おう、オメェにはこのタレだけだったな」
せぇぇえぇふぅうぅうう!!
あの時、サプライズ演出だと言って、ガロンさんには内緒にしようとした俺。
そんな俺を諭してくれたシャーロット達には感謝しかない。
そうだ! 今日は飛空艇の設備、使い放題にしてもいいな。
そんな気持ちになれる昼ご飯だった。




