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第541話 すり潰し作業

 俺達が入浴している間にも、飛空艇は夜空を進んでいく。

 大浴場の窓越しに見えるのは、月明かりに照らされた雲。

 実に優雅である。


 ただまぁ綺麗な景色とはいえ、所詮は雲。

 暫く見ていればスグに飽きてくる。

 のぼせないよう、適当な時間で切り上げることにした。


「あ゛~~~~」


 マッサージチェアでブルブルしているシャーロット。

 その振動に合わせて、褐色スライムさんも元気に揺れている。

 ついつい視線がそちらに行ってしまいそうになるが、そこは鋼の意思で耐え抜いて見せる。


 ま、概観視で見ているけどな。

 この時ほど、このスキルのありがたみを感じたことは無い。

 ただ、そうやって見ていられるのは、俺が着替え終わるまでの短い時間だ。

 それ以上もたついたり時間稼ぎをしようとすると、どこからともなく小石が飛んでくるためである。


 そうやって半ば追い出されるかのように脱衣所を後にした俺は、そのまま工房へと向かう。

 最近、俺の装備の手入れもアレク君が「ついでですから」と、やってくれてはいるが、自分の装備ぐらい自分の手でやるべきだろう。

 そんな決意を胸に、工房の扉を開く。



「お、ショータさんも作業っスか?」

「そういうシュリは……何やってんだ?」

「何って、キルシュの葉っぱをすり潰してるっス」


 工房には先客がいた。

 たしか同時に風呂から出たはずなのに、なぜ彼女が先に居るのかは……まぁ大方、俺が褐色スライムさんを盗み見している間に来たとか、そんな事だろう。

 なので、その辺はどうでもいい。


 彼女は両ひざを使ってすり鉢を押さえ、すりこ木で中に入った葉っぱをゴリゴリすり潰している。

 そんな姿勢から分かるように、彼女が床の上で作業していたのだ。


「なんで床?」

「初めはちゃんとテーブルの上でやってたっスよ……」


 ところが思ったよりもすり鉢が安定せず、仕方なく床に置いたそうだ。

 まぁこの手の作業は、椅子に座るってやるよりも床の方が楽なのは確かだしな。

 本人がそれでいいなら、俺がとやかく言う必要は無い。


 ただ一点、気になったことがある。


「そのすり鉢とすりこ木は、どこで手に入れたんだ?」


 俺の知る限り、彼女がそんなものを入手する機会など無かったはずだ。


「これっスか? アレク君に頼んだら、厨房から見つけてくれたっス」

「そうか……」

「あっ、勝手に調薬用にしちゃマズかったっスか?」

「いや、そんなことは無いぞ」


 どうせ暫くしたら補充されてるだろうからな。

 壊れようが何に使おうが、気にする必要は無い。


「あれ? すり潰すといえば、前買った石臼はどうしたんだ?」

「石臼っスか? それなら、ちゃんとそこにあるっスよ」


 シュリが言うように、工房の棚には石臼と天秤が置かれたままだ。

 この石臼と天秤は、パイモンさんやエジンソンと出会ったタナムという町の露天で購入して以来、一度も使われた様子がない。

 折角、俺の金(ココ大事)で買ったのだから、有効活用してもらいたいものだ。


「あーそれはですねー……」


 ごにょごにょと口ごもるシュリ。

 まさかガラクタを掴まされたのか?


「いや、ちゃんと使えるっスよ。それは間違いないっス」

「だったら何で使わないんだ? あ、もしかしてすり鉢の方が都合がいいとか?」

「それもあるっスね。すり鉢の方が擂った状態を確認しやすいっス」

「それも、って事は他にも理由が有るのか」

「まぁその辺は、ちょっとあたしの認識が甘かっただけっスね」

「というと?」

「ほら、あたしってば勇者だった頃に比べて、かなりレベルが下がってるじゃないっスか」

「そうだな」


 シュリは五百年もの長い間封印されていたせいで、目覚めた時はレベルが1になっていた。

 だが本人としては高レベルだった頃の感覚が抜けてなかったようで、「あの程度の石臼ぐらい楽勝ッス」と安易に購入を決めたそうだ。


 で、いざ使ってみようかとなった時、思っていた以上に自身の力の無さを痛感し、それ以来使っていないらしい。

 実にもったいない話だが、本人として「レベルが上がれば、ちゃんと使いこなせるようになるっス」と楽観的である。


 楽天的なのは、たぶん人(俺)の金で買ったものだからだろう。

 身銭を切って買ったのであれば、もっと悲観していた筈だろうし。

 今からでも石臼代を請求してみるか?


「な、なんスか? 突然、獲物を見るような目で見ないで欲しいっス」

「獲物……獲物ねぇ……」


 シュリの懐事情など、既に把握済みだ。

 というかほぼ無一文の彼女に、石臼代など払える筈もない。

 となれば当然、それは借金となり、その支払い方法は身体で……げっへっへ。


「なんか嫌な予感がするっス。ここは伝家の宝刀の出番っス!」


 ――ゴスッ!


「はっ! おれはしょうきにもどった!」

「良かったっス。元に戻らなかったら、このすり潰したヤツを飲ませるぐらいしか思いつかなかったっス」

「……ソレっていわゆる状態回復薬なのか?」

「いや、あまりの苦さに悶絶するだけっス」


 試してみるっスか? とシュリはすり潰された緑色のペーストを俺に寄こす。

 とはいえ、メチャメチャ苦いと分かっているのに、口にする馬鹿はおるまい。

 いつもの選択肢など、出てくる必要も無い位だ。


 A案:シュリの脅しなどハッタリに決まってる。口にする。

 B案:何事も経験だ。口にする。

 C案:いいから黙って。口にする。


 だから選択肢なんぞ要らないって言ってんだろ?!

 しかも口にする一択じゃねぇか!

 断固拒否だ、拒否!


「口移しでも?」


 ……と、とりあえず物は試しってことで。

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