第538話 人助けの後始末
元勇者が元魔王に謝罪するという、少々奇妙な光景ではあるが、謝罪している本人の気がすんだなら良しとしよう。
それより、へし折ってしまった樹をどうするか、だ。
このままでは今後、あの休憩ポイントを使う人達に迷惑を掛けることになる。
だが、へし折れた樹を元通りにする事は、シャーロットの魔法でも無理。
そこまで魔法は万能ではないようだ。
なので折れた樹はそのままにし、俺達はマウルーへと船を進める……ワケにはいかないよなぁ。
人助けの為とはいえ、それで他の人達に迷惑を掛けるのでは本末転倒だろう。
昔、テレビでやってた某光の巨人や巨大ロボは、街が破壊されることも厭わず戦っていたが、あれだって現実に起きたのでは大災害も甚だしかろう。
しかもアイツ等、戦うだけ戦って復旧作業には一切手出ししないのだ。
お前らの力があれば、倒れたビルとかだって楽々撤去出来るだろうに。
悪の組織を倒すのも大事だろうけど、壊したもんぐらい直せよな、と思ったものだ。
そんな過去の俺に恥じることなく生きていくためには、キチンと後始末をするべきではなかろうか?
完膚なきまでにへし折れた樹を、元通りに復元するのは無理だと諦めよう。
でも『グロウ』の魔法で別の樹を一気に育てるなら出来のではなかろうか?
それにほら、樹の形が多少違ってても元通りになっていれば、あの出来事は夢か何かと勘違いしてくれるかもしれないし。
「ふむ……後始末の方は分かった。だが、そう都合よく勘違いするだろうか?」
「目撃者は野盗と馬車の連中だけだからな。証拠となるべき樹が元通りなら、魔王軍に助けられたよりか、夢だったと思うんじゃないかな」
「まぁ私としても、魔王軍の名を勝手に使ったのは少々気まずいからな。誤魔化せるなら誤魔化しておきたい」
「そうか。なら、早速下に降りるとするか」
襲われてた連中も、流石にそのまま野営を続行する気も無かったようで、俺達が話し込んでいる間に出発した様だ。
今なら誰にも気付かれることなく、ミッションをコンプリート出来るだろう。
「ただそうなると、バックドアを使う必要があるな」
「あーやっぱり魔素の補充は必要なのか?」
「あぁ。養分の方はまぁ何とかなるとしても、魔素の方はどうにもならん」
「そうか。なら仕方ないか」
現状、魔素の補充はシャワールームの水が一番手っ取り早いのだが、それはあくまでもシャワーヘッドが届く範囲でしか出来ない。
つまり飛空艇の状態では到底水撒きなど出来る筈もなく、必然的にバックドアで呼び直す必要がある。
折角乗り換えたのに、すぐに降りることになろうとは……やっぱりシャーロットの作戦を採用するんじゃなかったか。
とはいえ、あの時は見捨てる選択肢など無く、更にはシャーロット以上に良い作戦など思いつかなかったのだ。
これも必要経費だと諦めよう。
「夕食の用意の途中だったのに、何の用よ?」
クレア、アレク君、ベルの三人組がエプロン装備のまま操縦室に入って来た。
何故かクレアがプリプリしているが、お前がメインで用意してた訳でもあるまいに。
まぁ他の二人が温厚な分、彼女が代わりに怒っているだけだろうけど。
「用というのは他でもない。この船を降りてもらいたい」
「はぁ? なに突然訳の分かんない事、言い出すのよ?! か弱いアタシ達を、こんな夜中に放り出すつもり?!」
冗談じゃないわ! とばかりに怒りだすクレア。
対するアレク君とベルは驚き半分、諦め半分の顔だ。
船長である俺の命令には、従う他ないと思っているのだろう。
あとクレア。
お前は十分か弱くないから安心しろ。
「ショータさん。それじゃあ、誤解を招くだけっス。ちゃんと説明するっス」
「うむ、ではシュリ君。説明してくれたまえ」
「なんか偉そうっスね」
俺は船長だからな。
『偉そう』じゃなくて実際『偉い』のだ。
元魔王様や元勇者様と、どっちが偉いかは分からんが、それでも船内においては俺の方が偉い筈だ。
「まぁいいっス。では、えへん……説明しよう! ショータさん達が折った樹を治すため、バックドアを使う必要があるのだ!」
あー、おま、お前!
俺が一生に一度は言いたい台詞第13位である「説明しよう!」を言いやがったな!
くそっ、折角のチャンスだったのに、うっかりしてたぜ。
「……なるほどね。確かに元通りにしてた方が、色々と都合が良さそうね。分かったわ」
「理解が早くて助かるッス」
「そうと決まれば善は急げよ。早くしましょう」
急にヤル気を出したクレアに急かされる様に、エレベーターで地上へと降り立つ。
先程述べたように、召喚したままでは都合が悪いし、誰かに見られるとも限らないので、すぐさま送還してしまう。
いつものように、スゥッと消えていくダンデライオン号。
用が済んだら呼び直すからな。
「よし、じゃあバックドアを呼び出すぞ」
すでにベニヤ板は用意済みだ。
いつでもバックドアは呼び出せるようになっている。
「ところで、新しい樹って『グロウ』の魔法で育てるのよね? その樹はどこにあるの?」
「どこって……どこだろう?」
目の前にあるへし折れた樹には実など付いていない。
新芽のついた枝はあるが、この樹で挿し木や接ぎ木が出来るかも分からない。
第一、新しい樹を用意しても、折れた樹の切り株が残ってたのではすぐにバレる。
あれ? これって結構面倒なミッションなのか?




