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第534話 モッさんとの別れ

「獲物は首無しと首付き、それぞれ一匹づつか。まぁまぁってとこだな」


 狼の群れをどうにか退けた俺達。

 こちら側に被害らしい被害は無く、戦利品として狼二匹の亡骸。

 俺としては上々の戦果だと思うのだが、モッさん的にはご不満のようだ。


「オメェらの実力なら、もう一匹ぐらいは仕留められると思ってたんだけどなぁ。残念だ」


 そう思うなら、モッさんも一緒に戦えよ。


「そう思うなら、モッさんも一緒に戦えよ」

「おい、口に出てるぞ」

「おっと、つい思ったことが口に出てしまってたようだ」

「ショータよぅ……心の広ぇ俺だから笑って許してやれるが、他のヤツ等の前では気を付けろよな」

「あぁ、勿論分かってる。それ位は弁えてるさ」


 俺だって目上の人や先達を敬う気持ちぐらいある。

 だからこそ、ガロンさんの事も「さん」付けで呼んでいるのだからな。


 モッさん? モッさんは……アレだ。

 モッさんはモッさんだから(どうでも)いいんだよ。

 せいぜい「あぁはなるまい」という反面教師役だな。


 そもそもモッさんは初めから砕けた態度で接するよう言っていたのだ。

 今更態度を改める必要も無い。


「おーい、置いてくっスよー」

「はいよー」


 日没のアディショナルタイムはとっくに終了し、辺りは薄暗くなり始めている。

 狼たちの血の匂いが残っている様な場所で話し込んでいては、新たな魔物を呼び寄せるだけである。

 俺達はサッサと村へと帰還することにした。






「すまないねぇ……急に一杯になっちまってさ。あと一人ぐらいなら何とかなるけど、七人ともなるとちょっと無理だねぇ」

「そうですか……」


 ギルドでの換金(主にモッさんの分)で手間取ったせいか、村で唯一の宿屋に着いた時にはこの状態だった。

 数日は森の中で過ごすことも想定していたので、この宿には馬車は預けていたのだが、部屋は連泊にしていなかった。

 なので、こうなる事も想定済みではあった。


「じゃあ、モッさん。ここでお別れだな」

「あぁ。オメェらはこのままマウルーでいいんだな?」

「空きが無いんじゃな。夜道だが、なんとかなるだろ」


 部屋が取れない以上、馬車で雑魚寝するか、あるいはこのまま町に戻るか。

 普通なら馬車で雑魚寝を選ぶのだが、俺達が取った選択肢は町への帰還だった。


「俺も一緒に行ってやりてぇが、俺は俺で用事があるからなぁ」

「この宿の庭に苗を植えるんだろ? そっちの方が大事だろ」


 森に近い土地であれば、樹の生長にも良い影響があるはず。

 そう考えたモッさんは、この宿の庭に桜トレントの苗を植えることにしたのだ。


 危険がないとはいえ、魔物であるトレントを植えてもいいものなのだろうか?

 そう思ったのだが、そこはモッさんが宿の主人と話を付けたようだ。

 

 宿の主人としても、モッさんが時折自慢気に話す満開の桜を見たい気持ちもあったらしい。

 モッさんが交渉したら、二つ返事でOKしたという。

 しかも、一人だけならなんとか泊まれるのであれば、これはもう決まったようなものだ。


 かくしてモッさんは別々に寝る事となり、それならばと俺達は町に戻ることにしたのだ。


 無論、素直に馬車で戻ったりはしない。

 途中で飛空艇に乗り換え、一気にマウルーへ行くのだ。

 夜間での飛行になるが、馬車で雑魚寝よりはマシだろう。

 最悪、飛空艇をどこかに停泊させて寝ればいいしな。


「じゃあ……気ぃつけてな」

「あぁ、モッさん……いやモトルナさんもな」

「はっ、今更言い直すなよ。気持ちわりぃ。モッさんのままでいいぜ」


 一応、お別れだからと改まった呼び方をしたんだけどな。

 ならばと、右手を差し出す。


「お、握手か。いいぜ。それ大歓迎だ」


 この世界での握手は信頼の証でもある。

 相手のステータスを覗ける『鑑定』スキルが、直接接触する必要があるためだ。

 なので「コイツになら鑑定されてもいい」と思える相手としか、握手をしたりしないそうだ。


 ガシッと握られる右手。

 ゴツゴツしてて握り心地の悪そうな、そんなモッさんの右手。

 二人の友人のため、長い間尽力し続けた、そんな右手。

 その右手を握り返す。


「世話になったな」


 改めてモッさんが礼を言う。


「なに。『ワンフォーオール オールフォーワン』ってヤツさ」

「なんじゃそりゃ」

「一人は皆の為に、皆は一人の為に。そういう考えがあるんだよ」


 モッさんはガロンさんとキルシュの為に。

 俺達はモッさんの為に。

 そうやって助け合って生きていくのだ。


「そうか……そりゃぁいい考えだな」

「あぁ、誰もがそう考えていれば、世界はきっと良くなってくハズだ」

「随分大袈裟だな」

「そうだな」


 まぁ、ちょっと言ってみたかったってのもある。

 格言ってのは言ってなんぼだしな。


「あー、それとアレクだったか?」

「ハ、ハイ!」

「俺ぁオメェに謝らないことがある」

「はい?」

「その首輪の件だがな……すまなかった」

「はぁ……?」


 モッさんがアレク君に頭を下げる。


「俺ぁアイツ等が妙なことを仕出かさないか見張ってたんだけどな。俺があの宿を離れた時を見計いやがって……」


 アレク君はハテナ顔だが、俺には何となく察しがついた。

 ガロンさんと懇意な筈のモッさんが、商売敵であろう宿に泊まっていたのは、そう言った理由が有ったようだ。


 丁度、モッさんが綿採りのため不在だったからこそ、アイツ等はアレク君を奴隷にしようと画策したギオルギに手を貸したのだ、とモッさんは言う。


 なんでアレク君が狙われた事と例の宿屋の連中が関係するのか?

 それは宿屋の連中はガロンさんに恨みを持っているからで、その弟子であるアレク君はとばっちりにあったという訳だ。


「だからその首輪は、いわば俺の責任みたいなもんだ」

「大丈夫ですから気にしないでください」

「だが……」

「悪いのは彼らであって、モッさんさんが謝る必要は無いと思います」

「……」

「それに詳しくは言えませんが、僕自身のためにも必要な事だったんですから」

「……そうか。だが、俺の気が治まらねぇのも事実だ。だからこそ謝らせてくれ」

「……」

「……」

「……分かりました。謝罪を受け入れます」

「ありがてぇ。これで俺の気も楽になったぜ」


 謝罪っつっても頭下げてるだけだしな。

 賠償とかもない謝罪なんて、楽なもんだ。

 なんなら焼き土下座でもするかい?


「よし、これで心置きなく別れることが出来らぁ。じゃあ、オメェらも世話になったな」

「我々も世話になったのだ。お互い様であろう」

「お世話になりましたっス」

「ありがとうございました」

「その通りね!」

……(ペコペコ)


 他の面子とも別れの挨拶をしていく。

 さらばモッさん。

 もう二度と会う事もあるまい。

オールフォーワンのワンは、『一人』ではなく『勝利』が正しい意味らしいです。


あとモッさんは『作中で最も長台詞を喋った人物』に続き、『作中で最もサブタイに名前が登場した人物』にもなったようです。

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