第532話 帰るまでが遠足です
「ふぅ……なんとか日が暮れるまでには戻れたな」
俺達が森を抜けた頃、太陽は森に沈みかけている所だった。
たしかに空はまだ明るいが、日が落ちる前の残光であり、すぐに辺りは暗くなるだろう。
いわば昼間のロスタイム――いや今はアディショナルタイムと言うんだったか――である。
森との境目からでも見える村には、すでに『明かり』の魔法によるものか、生活の光が灯っている。
道中では決して見る事の無かった人工の光に、帰って来たという実感がわく。
「あー、疲れたっスー」
「だなー。もう足がパンパンだよ」
俺とシュリの体力無い組が、心底グッタリした声を上げる。
なんならここでへたり込みたいところだ。
だが、気を抜いてはいけない。
森を抜けたとはいえ油断は禁物。
昼から夜へと変わる、まさしく逢魔が時。
そんな隙間をつくように、そいつ等はやって来た。
「ちっ、上手く撒いたと思ったんだけどな」
「仕方あるまい。追跡能力に関しては、ヤツ等の方が一枚上手だったという事だ」
「どうする? 村まで逃げ込むか?」
「いや、多分その前に追い付かれる。それならここで迎え撃つ方がマシだろう」
「だな。よし、ヤロウども! 敵が来るぞ! 迎撃の用意だ!!」
これまで戦闘らしい戦闘もなく、しかも村の光を見てホッとした瞬間を狙うかのように、森から黒い影が飛び出す。
「ひのふの……全部で五匹か。一人一匹づつだと、二人ほど余っちまうな」
「ふむ……ならば我々二人は見守るとしよう」
おい! お前らは参戦しないのかよ!
モッさんはともかくシャーロット、お前ならこんな狼五匹、すぐに蹴散らせるだろうが!
そうツッコミを入れたいところだが、目の前に迫りくる狼の群れがソレを許すことは無い。
「やべぇ、回り込まれる! クレア! 後ろに通さないように牽制!!」
「分かったわ!」
概観視は捉えるのは正面から三匹、左右にそれぞれ一匹づつ散っていく狼の姿。
ヤツ等はその機動力を生かし、俺達を包囲しようとしていた。
咄嗟にクレアに対応を指示したが、俺が出来たのはそこまでだった。
正面の三匹が一斉に俺に襲い掛かって来たのだ。
かじろうて一匹目の突進は躱せたが、体勢が崩れたところを二匹目三匹目が大口を開けて迫ってくる。
「ひぃっ!」
「目を背けるな!」
無茶云うなよ! あんな怖い顔で襲われたら、誰だって目を背けるだろ!
あの血走った目。
あとで絶対夢に出そうだ。
それでも何とか槍でガード出来たのは、ロックオンアラートのお陰だろう。
左肩と右脛。
そこが同時にムズムズしたため、スキルを信じて両方をガードするよう槍を構えたのだ。
直後、穂先付近と石突付近の両方に噛みつく狼共。
良し! ガード出来た!
と思ったのがいけなかったのだろう。
そもそも大型犬サイズの狼が二匹、それも勢いよく襲い掛かって来たのだ。
槍でガードしたとはいえ、その勢いまでは殺しきれない。
おもわず、もんどり打って倒れ込んでしまう。
ヤバい。
これではヤツ等に抑え込まれたも同然だ。
しかもコイツ等。噛みついたまま槍を、俺から奪おうとしやがる。
しっかり握っているのですぐに奪われることは無いが、それも時間の問題だ。
……コイツ等のな。
「「キャイン」」
不意を打たれたのか、情けない声を上げる狼AとB(勝手に命名)。
俺一人に狼AとBの二匹が襲い掛かっている以上、こちらの誰かしらはフリーになる。
シュリとクレアは回り込んだ二匹を牽制していたようだが、それでもアレク君とベルがいる。
「助かった! サンキューな、ベル」
「……」
ベルのフルスイングにより、俺の上から吹っ飛ばされた狼A・Bだが、打ち込みが浅かったらしくすぐに戦線復帰して来る。
とはいえベルの攻撃を警戒してか、少し遠いあたりで様子見するようだ。
どのタイミングで襲ってくるのかが怖いが、今は頭数が減ったと思おう。
狼A・Bを概観視で捉えつつ、残りの三匹の様子を探る。
左右に散ったはず狼D・E達は、クレア達の牽制により攻めあぐねているらしく、ただ俺達の周りを走り回っているだけで、こちらも襲ってくるようには見えない。
そして先程俺が躱した狼Cだが、こちらは目下アレク君と戦闘中である。
主に狼側が襲い掛かり、それをアレク君が剣と盾でいなすか、時折反撃している。
ん? アレク君ってば、いつの間に盾を持つようになったんだ?
昨日のバオムヴォレ戦の時まで、盾なんか使ってなかったよな?
つーか、盾なんて持ってたのか?
って、そんな事を気にしてる場合ではない。
他の狼共は様子見か牽制中な今、数の有利を活かさない道理はない。
チラッと見ればベルも頷いている。
俺達はタイミングを見計らい、アレク君がいなした狼Cに襲い掛かる。
いなされ姿勢が崩れたところに、裂帛の気合をもって突進する俺。
狙い違わず狼の土手っ腹に槍が刺さる。
……が、浅い。
思ったよりも毛皮の防御力が高かったのか、あるいは俺の足の疲労によるものか。
ベルのフルスイングにも耐えたところを見ると、あの毛皮の防御力が高いのだろう。
とにかくその一撃で終了とはいかなかった。
……ので二の矢というか斧が放たれた。
アレク君によって姿勢を崩され、俺によって完全に地に伏した狼のその首に、死刑執行人による断罪の斧のごとき一撃が振り下ろされた。
「あーあ。アイツ等の毛皮って、頭付きの方が高く売れるんだけどな」
モッさんらしい一言だが、俺達にそんな余裕などない。
とはいえ、これで頭数的には五対四。
多少は余裕も生まれるだろう。




