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第529話 いざさらば

「おし、こんなもんだろ」


 モッさんの前には三本の苗が並んでいる。


 一つは先程キルシュが咲かせた花からの。

 残りの二つはそれより前に大量に実らせたサクランボのものを使っている。

 一輪づつであれば魔素の補給無しでも問題ない事を確認できたのであれば、有り余るサクランボを使わない道理は無いからな。


 三本にまで増やしたのは接ぎ木が成功していなかった場合のためと、引き取り手の当てがそれだけあったかららしい。

 このモッさん、こう見えて割と顔が広い様だ。


「こう見えては余計だ」


 おっと、また口にしてたらしい。

 なんにせよ、モッさんは三本の苗を大事そうにリュックに詰め、キルシュとサクラちゃん(仮名)を振り返る。


「じゃあな。上手くいったらまた来るぜ」

『うむ……楽しみにしている……』


 モッさんの皮算用が上手くいけば、キルシュと同じ桜の樹が他の場所でも見られるようになる。

 それはたった一人でその生を終えようとしたキルシュにとって、とても楽しみな事だろう。


「じゃあ、あたし達も行くっスよ」

『シュリ様……ありがとうございました……』

「だからー、礼を言うのはこっちの方っスよー。また桜が咲く頃になったら見に来るっスからね」

『はい……楽しみにしています……』


 もちろん俺達もモッさんと共に出発する。

 本音を言えば飛空艇で一気に戻りたいところだが、さすがにモッさん一人を帰すのも変な話だしな。

 というか、正直モッさんの案内無しで村に戻れるか、怪しいってのもある。


 なお、この場所は地図機能にマーキングしておいたので、次に来る時はモッさん抜きでも来られるはずだ。

 キルシュの張った人避けの結界だって、シュリが呼びかければ大丈夫だろう。

 桜の咲く頃と言わず、偶には顔を見せに来るのもいいだろうな。


『ショー……ヒトの子よ……一つ頼みがある……』

「『ショータ』だよ。『ショー』まで覚えてたなら、ついでに『タ』まで覚えてて欲しかった」

『すまぬな……我は……ヒトの子らを……覚えるのが……苦手なのだ……』


 その割にはシュリはしっかり覚えてたけどな。

 まぁ大恩あるシュリと俺とでは、扱いが違うのも分かるけど。


「まぁいいや。ショータでもショーでも。どっちも俺の事だしな。で、頼みってのはなんだ?」

『うむ……もう一度……すまぬがもう一度だけ……お主の水を……かけて欲しいのだ……』


 俺の水ってのはシャワールームの事だよな?

 結構たっぷり目にやってたと思ったけど、まだ足りなかったのか?

 まぁ大した手間じゃないし、別にいいけど。


 マジックバックに仕舞ったベニヤ板をもう一度取り出し、バックドアをシャワールーム設定で呼び出す。

 設定なしだと中層のエレベーター前に出ちゃうからな。

 モッさんがいる手前、注意して呼び出さないと。


 で、準備が整った所でシャワーヘッドから放水を開始する。

 気分はさながら消防士。

 実際は家庭園芸の水やりである。


『うむ……うむ……よい……よい……』


 根っこの部分だけでなく、枝葉の方にもシャワーっと撒いてやると、とても気持ちよさそうにし出す。

 植物とはいえ魔物であるため、根っこだからだけでなく枝葉や幹からでも魔素の吸収が出来たようだ。


『すまぬが……サクラにも……頼む……』

「はいよー」


 接ぎ木トレント第一号であるサクラちゃん(仮名)はサクラちゃん(確定)となったらしい。


 今更になるが、彼(?)らはトレントの中でもキルシュバオムという種類のトレントであり、昔誰かがキルシュを鑑定した時、その種類名からキルシュと名付けられたんだとか。

 それはそれでいいかとキルシュは自身の名に納得していたのだが、シュリや俺がキルシュのことをサクラ、サクラと呼ぶので、ちょっと気になってたらしい。

 自身の名は変えられないが、サクラという名も残したい。

 その結果、彼(?)の娘(?)第一号であるサクラちゃん(仮名)に、その名を与えたらしい。


 そんなサクラちゃん(確定)にもシャワーっと水を撒いてやる。

 多分、しばらくは来られないからたっぷりとやっておこう。


『うむ……うむ……』


 尽きる事のないシャワーからの放水により、キルシュとサクラの周りはすっかり水浸しになる。

 ドッロドロのグッチャグチャとなった地面だが、彼らにとっては最高の状態なんだろう。

 心なしかワサワサ揺れる枝が嬉しそうに見えるし。


『すまぬな……感謝する……』

「いいってことよ」


 元手はタダだしな。

 飛空艇産の水なら水道代はゼロだ。


『では……ヒトの子らに……感謝を……』


 そうしてもう一度、満開の桜が咲き誇る。

 それもキルシュ一人(?)だけでなく、サクラちゃんもだ。


 大小二本の満開の桜。

 何度見ても心を奪われる。

 そんな幻想的な光景。


 これをやるためにキルシュは水撒きを要求したのか。

 だが掛けた時間と手間以上の価値が、この光景にはある。

 そして更に上の光景だって望めるのだ。


「いつかホントに千本桜が咲いてる所、見たいっスね」

「だな」


 モッさんに任せっきりではなく、俺も少しは手伝ってもいいか。

 そう思える光景だった。

19/02/21

危うげない事を確認できた → 問題ない事を


『危うげない』か『危うげのない』かで迷ったけど、どっちが正解か微妙なので、『問題ない』に。

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