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第521話 桜の樹の下には

 シャーロットの言う、たったひとつの冴えたやり方。

 それは桜の樹の下に屍体を埋める事……ではなく、飛空艇の能力を使う事だった。

 と言っても、別に飛空艇そのものを呼び出す必要は無く、バックドアで十分出来る事だった。


「これで本当に助かるっスか?」

「あぁ。勿論だ」


 上手くいくのかという不安。

 失われるはずの命を救えるという喜び。

 それらが入り混じった表情のシュリ。

 それでもシャワーから出る水をかけることは止めない。

 この水がキルシュの命を繋ぎとめているからだ。


「トレントに限らず、魔物というのは魔素を取り込み、その生命を維持している」


 シュリがシャワーの水をキルシュにぶっ掛けているさなか、突如シャーロット先生による青空講義が開催された。

 講義内容は『魔物の生態について』。

 聞いても眠くなるだけなのだが、寝てしまうとシャーロット先生からチョークならぬ石飛礫が飛んでくるので話半分に聞き流す。

 あるいはその程度しか理解できなかったともいう。


 とりあえず俺が分かった事は、


 この辺の魔素はソコソコ濃いらしいが、エルダートレントであるキルシュにとっては少々もの足りない事。

 なので今までは蓄えていた魔素を少しづつ消費して、その命を維持していたこと。

 それなのにキルシュは無理矢理と言っていい位の力技で開花させた事。

 そのため蓄えていた魔素のほとんどを消費してしまったという事。


 その程度だ。


 要は年金生活だけではやって行けず、貯金を切り崩していたご老人が、突然来た孫のために大奮発してしまったってことか。

 まぁ大奮発にも限度ってもんがあると思うんだが、それは言いっこなしだろう。

 キルシュにとって、シュリとの約束というのは、自身の命と引き換えにしても守りたかったことなのだ。


 それを止める権利なんて俺達に無い。

 だが黙って見送る義務も俺達には無いのだ。


 話を戻そう。

 キルシュが死にかけているのが魔素を失った事に依るものなら、その魔素を補ってやれば助かる。

 だが魔素を補うと簡単に言ってるが、エルダートレントの命を救えるほどの魔素なんて、そうそうあるものなのか?


 答えは『ある』。

 それもごくごく身近にあった。

 なのでシャーロットの指示により呼び出したのが、シャワールームに直結したバックドアってワケだ。


 既に分かりきっている事で確認するまでもないが、俺の飛空艇はダンジョンと化している。

 ダンジョンというモノは魔素によって構成・維持されており、その中で産み出されるものは当然のごとく魔素を含んでいる。

 もちろんシャワーからでる水も魔素を含んでおり、それを与える事で足りない魔素を補えばいい。

 かつてハイドレイクのハマルは、シャワーの水を飲みまくる事で魔素を取り込み、その体を小さくすることを可能にした。

 それと同じことをキルシュにもしてやれば万事解決となる。


「オメェも変わったスキル、持ってんだな」

「まぁな。ただ、分かっていると思うけど……」

「あぁ、他人のスキルは知ってても口外しない。俺だってそれ位はわきまえているさ」


 キルシュの方はそれで解決となるが、モッさんの方はそうはいかない。

 シャワールームだけとはいえ、バックドアを目の前で呼び出してしまったのだ。

 妙に勘のいいモッさんは俺のスキルだと気が付き、色々と聞いてきた。


 俺も何とか話を逸らしたり、あるいは誤魔化したりしたが、無力だった。

 それでもシャワールームだけしか呼び出せないスキルだと誤魔化すことは出来た。

 モッさんも怪しんではいるようだが、一応は納得してくれたので良かった。

 もし納得してもらえなかった場合、桜の樹(キルシュ)の下に埋めるしかなかったからな。




『む……我は……シュリ様……?』

「おっ? 気が付いたッスね」


 どれぐらい水をかけ続けていただろうか。

 全開にしたシャワーヘッドから延々と吐き出される水を浴び、ようやくキルシュに変化が現れた。


 満開だった桜の花はすでに無く、丸裸のままだった枝。

 そこに新芽が芽吹き始め、それに伴ってキルシュの意識も覚醒した様だ。


『我は……助かった……のですか?』

「そうみたいっスねー。助かってよかったっス」

『シュリ様には……感謝しても……しきりません……』

「今回はあたしは何もしてなかったっス。こっちのショータさんとシャーロットさんのお陰っスよ」


 いや、何もしてなかったはないだろ。

 キルシュが気が付くまで、ずっと彼女が水をかけ続けてたんだからな。

 まぁシャワーヘッド持ってジャバーっと水撒きしてただけとも言うが、それでも何もしてなかった訳では無い。

 お前が無事を祈るように水をかけ続けていたことは、ここに居る全員が知っている事だ。


『おぉ……そうだったのか……ヒトの子らよ……感謝する……』

「せっかくの桜を失うのは勿体ないからな。気にしないでくれ」

『いや……それでは我の気が収まらぬ……何か……我に出来ることは……無いだろうか?』


 気にしないでくれって言ってるのに……。

 ひょっとしてコイツ、気になる木もとい気にする樹なのか?


「ショータ。折角だからここに来た目的を果たせばいいのではないか?」

「目的……あぁ、そうだった、そうだった」


 桜が咲いたり死にかけたりですっかり失念してたが、元々ここに来たのはバオムヴォレの苗の事を聞きに来たんだった。

 綿を咲かせる樹と桜の樹とでは別種な気もするが、同じトレント種であれば少しは知っているかもしれない。

 本来の目的を果たすとしよう。

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