第503話 モッさんvsバオムヴォレ
「じゃあ、こっからは俺の仕事だ。オメェらはそこで待機」
「え?」
モッさんに聞き返そうにも、その当人は既に走り出している。
それを合図にバオムヴォレから白い塊が放たれ始めた。
先程のカスターニエを思い出すような、そんな勢いで綿がモッさんに殺到する。
柔らかい綿とはいえ、あの勢いのモノが当たれば痛いだけでは済まないだろう。
対するモッさんはその手に……あれ? モッさんてば、何も持ってないぞ?
あぁ、正確には武器を持っていないだけで、右手にマジックバッグの袋は持ってるのか。
そのマジックバッグを闘牛士のマントよろしく掲げ、猛然とバオムヴォレに立ち向かう。
モッさんが右手を振るう度に、殺到する綿がマジックバッグに吸い込まれていく。
ソコソコ離れているとはいえ、バッティングセンターの最速ストレートぐらいは出ていそうな、そんな綿弾丸を苦も無く掲げたマジックバッグで捌く。
モッさんの動体視力もさることながら、マジックバッグの使い方が上手い。
あんな使い方があったとは、と感心するほどだ。
マジックバッグに入れたものは質量を失う。
原理は謎だが、そういうものらしい。
そして力とはf=maで表される。
fは力(force)、mは質量(mass)、aは加速度(acceleration)。
高校で習う運動方程式だったっけ。
何年も前に覚えたっきりだが、そのシンプルな数式ぐらいは覚えていた。
知識をひけらかしてしまったようだが、その実何が言いたいかというと、質量がゼロになれば力も又ゼロになる。
どんなに加速があってもだ。
力を失ってしまえば、あんな柔らかそうなマジックバッグでも余裕で受け止める事が出来る。
つまり、マジックバッグすげぇ、である。
「おい! 俺の! 評価! は?!」
「知らん。むしろ蜂の巣にされろ」
モッさんの魂胆は分かりきっている。
ああやって自身の実力をひけらかすと共に、バオムヴォレの綿を独り占めするつもりなのだ。
まぁ俺達の目的は若木であって綿ではない。
モッさんが一人で戦っているなら、邪魔をしない方がいいだろう。
「おい、いいのか?」
「なにがだ? モッさんはあくまで先行していただけだろ? そのモッさんとはぐれてしまった以上、俺達は俺達で目的を果たせばいいだけだ」
「はぐれた、のではなく置き去りにしたと思うのだが……」
「こまけぇことはいいんだよ」
一人戦うモッさんを尻目に、スタスタとその脇を通り過ぎた俺達は、適当な場所を見つけると、ようやくバックドアを解禁する。
モッさんが一緒に居る間は使えなかったからな。
シャーロットもそれを見て俺の意図を察したらしく、黙って俺の後を付いてくる。
「じゃ、そういう事で」
シャーロット達と別れ、一人中層にあるドアの一つを開く。
迎えてくれたのは、いつにも増して清潔そうに見える便座。
五分後。
スッキリした気持ちでバックドアを出る。
多少はこの世界に慣れたつもりでも、こればっかりは気分的にね。
まぁシャーロット達も温水洗浄便座の虜になっているようだし、気にしないでおこう。
女性陣はまだ戻ってきていない。
こんな森の中、一人きりでいるのにチョットだけ不安を感じる。
もっとも、すぐそばにはバックドアが出たままなので、ヤバそうな気配を感じたら即逃げ込めばいいんだけどな。
――ガサッ
そんな俺の思いがフラグだったのか、不意に物音がする。
咄嗟に槍を構え警戒レベルをマックスにする。
――ガサガサッ
概観視が頭上で揺れる枝葉を捉える。
だがロックオンアラートに反応は無い。
タダの風か、あるいは狙いをつけていないだけか。
クソッ、こんな事なら一人でいるんじゃなかった。
今からでもバックドアに逃げ込むべきだろうか?
だがその決断は一歩遅かった。
概観視がこちらに歩いてきたヒト型のナニカを捉える。
先手必勝と、とにかく槍を突きだす。
「うぉっと、あっぶねぇなぁ。いきなりなにすんだよ」
モッさんだった。
モッさんが槍の穂先を掴んだまま、そう語りかけて来た。
「いや、モッさんは蜂の巣になった筈だ。つまりコイツはモッさんの姿を借りた別のナニかか、あるいはモッさんのゾンビだ」
「まだ死んでねぇよ! 勝手に殺すなよ!」
このツッコミ。まさかモッさん?!
バカな! モッさんに残された出番は、青空をバックにキラッと笑顔で現れるだけじゃ無かったのか?
「なんだよ、その青空にって」
「え? モッさんは俺達の心の中にいるってヤツだろ?」
「なんじゃそりゃ。つーか、他のヤツ等はどうしたんだ?」
「えーっと……お花摘み?」
「……そうか」
お花摘みで通じるのか。
モッさんは一頻り頷くと、その辺の木の根に腰かけ「フゥー」と一息ついた。
「戦果は?」
「上々よ」
マジックバッグを掲げるモッさん。
あの中にバオムヴォレの綿がたんまり入っている事だろう。
「もうしばらく粘れたんだがな。向こうの方が音を上げちまった」
「音を上げ……ってことは倒していない?」
「当り前だろ。ヤツ等は滅多に場所を移さない。ああして適度に搾り取っとけば、また後で採りに行けるだろ?」
綿だけ奪って倒さなければ、何度も採り放題らしい。
搾取される側にとっちゃ、たまったもんじゃないけどな。
「オメエもバオムヴォレの綿を採るときは、間違って倒さねぇように気を付けろよ?」
「あーはい。ワカリマシタ」
とりあえず頷いておく。
わざわざ綿取りにくるような機会があるとは思えんけどね。




