第496話 報連相は大事
「だから丸出しのままストンピングするなよ! ……あれ?」
たしか湯船に沈められて、更にシャーロットのストンピングが顔に振り落とされたんだよな?
なのに、なんで洗い場で寝てたんだ?
「おや? 自力で目覚めたのか。少々加減が甘かったかな? もう少し強めにしておけばゆっくり入れたのだが……まぁよかろう」
なかなか物騒な物言いだが、湯船から引き揚げてくれたことには変わりない。
その直前の絶景も含めて感謝しておく……心の中でな。
それともう一つ分かったことがある。
足首を掴まれた時、あまりの光景につい反応してしまったのだ。
あの時、シャーロットには『侵入者警告』と『侵入者排除』が表示されていた筈。
それを使わず、あえて自らの手というか足で処理したということは、『侵入者排除』が無くてもシャーロットは十分俺を叩き出せるってことだ。
……今更だな。
俺がシャーロットに勝てないのは初めから分かりきってることだった。
ヤツが本気になれば、俺など一瞬でボコボコだろう。
いや、ボコボコどころか骨の一つも残らないだろう。
改めて逆らってはいけないと心に刻む。刻んであっても忘れるけどな。
洗い場に放置されたせいか、身体が冷えて来たので、もう一度湯船に浸かりなおす。
先程までのバカ騒ぎですっかり酔いも冷めた。
今度はゆったりじっくり身体の芯まで温まるとしよう。
「そういえばヤツとは何を話してたのだ?」
「ヤツ? あぁモトルナサンのことか」
「モトルナさんとは随分親しいのだな」
「親しいんじゃなくて、向こうが馴れ馴れしいだけだ。会ったのだって二回目だし」
一回目は初めて泊まった宿で色々教えてくれたっけ。
あの時も馴れ馴れしかったんだよな。
その時の事を思い返していると、シャーロットが先を促してくる。
「で、そのモトルナサンがな。俺達と一緒に若木探しに行きたいんだってさ」
「ほう……」
「ただ、ヤツ付いてくるとなると、色々と制限が掛かるだろ? バックドアとかさ。なんで断った」
「ほう……」
「ただ、断っても断っても着いて行くって聞かなくてな。こりゃ連れてかなくても、勝手に付いてくるなって思ったんだ」
「ほう……」
「さっきも言ったように、バックドアの事とか色々バレると困るだろ? だからヤツを置き去りにすることにしたってワケだ」
「ほう……」
「まぁその結果がどんちゃん騒ぎって事だな」
「ほう……なぜ突然、奢りだとか騒ぎ始めたのか謎だったが、そう言う事か」
「あぁ。これでヤツは二日酔いなうえ、食堂の床で寝た事で身体はガタガタ。とてもじゃないが俺達の後を付けようなんて思わない筈だ」
「……だといいがな」
嫌なこと言わないでくれ。
今からでもロープでグルグル巻きにして、その辺の木にでも吊るしたくなる。
面倒なんでしないけど。
「ヤツは中々の実力者のようだからな。ヤツが居れば道中は安心だっただろうに」
「それは考えたんだけどな。何かの拍子に飛空艇を使う事になった場合、ヤツが居ると困るだろ?」
「それもそうか」
行きは若木の探索があるから徒歩になるが、戻るときなら飛空艇でひとっ飛びも可能だ。
なんならテオガーの村に寄らず、直接マウルーに戻ったっていい。
なのにモトルナサンがいると、それが出来なくなる。
かといってモトルナサンに飛空艇の事を話すのは無しだ。
みんながみんな、お前やアレク君達のようだとは思わない。
見られて困るようなら、初めから見られないようにしておくべきだ。
「そんな訳だから、明日は尾行者がいないか、注意しててくれ」
「あぁ、任せておけ」
人任せも良くないので、俺も十分警戒はするけどな。
どうしたって彼女の方が当てになるんだから、頑張ってもらおう。
その後も明日の探索の事を話し、いい加減のぼせ気味になって来たところで風呂から上がることにした。
脱衣所からでて、そのまま寝室へと向かう。
日課である鎧の手入れだが、アレク君が他の奴らの分と一緒にやっておいてくれたようなので、工房に向かう必要は無い。
このままベッドにダイブしてバタンキューで今日が終わるのだ。
ただその前にやっておくべきことが一つできた。
「なんでお前まで付いてくるんだ?」
シャーロットを寝室から追い出す。
それこそが本日最後のミッションのようだ。
「それはだな。先程の貸しを返してもらおうと思ってな」
先程の貸し? となると食堂の惨状を彼女の超洗浄でキレイにしてもらった、アレの事か。
となると貸しを返すとなると、やはりこの身体を差し出すしかないのか?
は、初めてなんで優しくしてね(はぁと)。
「何か妙な勘違いをしているようだが、私の要求はこの寝室だ」
「だよな。……って、お前に寝室を明け渡したら、俺はどこで寝ろっていうんだ?」
「他にも空いている部屋はあるんだ。好きなところで寝ればいいだろう? なんなら宿のベッドだって空いている様だぞ?」
「くっ、そしてお前はこの広いベッドを独り占めと、そう言う事か」
「あぁ。悔しかったら借りを作った自分を恨むのだな」
正論だ。ぐぅの音も出ない。
あの惨状を回復した対価として、寝室一泊で済むのなら安いものだろう。
だが今日の俺は、この部屋で寝ると決めている。
それを曲げるつもりはない。
借りは返すべきだが、それは別の機会に返せばいい。
いや、まて。
シャーロットは何と言った?
空いている部屋があれば好きなところで寝ればいい。
そう言ったよな?
以前、シャーロットは寝室のベッドが空いているからと、俺が寝ているのに忍び込んできた。
ならば俺も同じ理屈が使えるのではないか?
「む……それを言われると弱いな。分かった、ならばベッドの右半分を明け渡そう。ただし!」
不埒なことをしたら、即叩き出すからな?
そう彼女の目は物語っていた。
あぁ分かってる。お前の実力は十分身に染みている。
さすがの俺でも、ついさっき心に刻んだこと位、覚えているさ。




