第493話 惨状
「ん……あ……あれ? ここ、どこだ? ……あぁ宿の食堂か」
周りを見回すと死屍累々という言葉がピッタリくるような惨状。
と言ってもスプラッタな光景では無く、酔いつぶれぐったりしているヤツ等ばかりだ。
とりあえずもう一度椅子に座り直すと、先程までの状況を思い出す。
……ダメだ。飲んで騒いでる光景しか思い出せない。
モトルナサンの阿呆が「俺の奢りだ」とか宣言したせいで大騒ぎになって……それから誰かに無理矢理飲まされて……その後の記憶があやふやだ。
いや、誰かではない。
あの金髪、あの褐色肌。間違いなくシャーロットだ。
妙にハイテンションな彼女に無理矢理飲まされたんだった。
でなけりゃ、さすがの俺でも見知らぬ他人が大勢いる中、記憶が飛ぶほど飲んだりはしない……多分。
で、その飲ませた当人はというと、隣の席でグースカピーである。
窓の外を見れば暗いままなので、さほど時間は経っていない筈だが、実際は何時ごろなんだろうか。
まぁいまだ残っている『アカリ』がある以上、食堂の営業時間内だとは思うんだけど。
とはいえ……
「これ、どうすんだ?」
辺りは飲んで騒いだのだろう、色々なモノがぶちまけられている。
酒や食い物以外にも、所かまわずリバースしたヤツ等の置き土産があちこちにある。
これを清掃するとなると、大変な労力だろう。
「どうすんだも何も、アンタらが汚したんだから、アンタらでキレイにするに決まってるだろ? ハイ、コレ」
そういって雑巾とバケツ(木製)を渡してくる宿の店主らしき男。
「ちゃんとキレイにしておいてくれよな? でないと清掃料金も請求するからな? じゃあ任せたよ?」
俺に掃除セットを渡すと「ふぁあぁ~」とこれ見よがしに欠伸をしながら去っていく。
残されたのは雑巾入りのバケツを持った俺と、死屍累々の惨状。
え? 俺が掃除するの? これを? 俺が? 一人で?
……!!
いや、待て。
何も俺が一人でやる必要は無い。
その辺に転がってる奴らを叩き起こして手伝わせればいい。
差し当たっては目の前で寝こける元魔王様なんて、いいターゲットだろう。
というか彼女の超洗浄魔法があれば、この程度の惨状など惨状の内にも入らない。
「おい、起きろ。起きろってば」
ユサユサとシャーロットの肩を揺すってみるが効果無し。
ここまで寝入ってしまう彼女も珍しい気がするが、今はそれどころではない。
何としてでも彼女に目覚めてもらわねば、この惨状を俺一人で清掃することになるのだ。
先程よりも強めに揺さぶってみる。
一瞬、この機に乗じて褐色スライムさんを揉みしだけるんじゃないか? と俺の中の悪魔が囁く。
すると、さすがに酔いつぶれた女性にすることではなくね? と俺の中の天使も現れる。
睨みあう俺の中の悪魔と天使。
やがて脳内で取っ組み合いのケンカを始める二人。
といっても勝者は決まってる。
勝ったのは、褐色の元魔王だ。
俺が揉みしだくかどうかを迷っているスキに目を覚まし、俺の右手を掴みやがったのだ。
「いや、お前を起こす為に肩を揺すってただけで、他のところには一切触ってないからな? 濡れ衣だぞ?」
「どうだかな。まぁいい。とにかくこの有様を何とかすればいいのだな?」
「あ、あぁ。お前の魔法なら朝飯前だろ?」
「あぁ、任せておけ。ただし、これは貸しだからな? あとでちゃんと返してもらうぞ?」
風呂とビールは差し出してしまっている。
返せと言われても、これ以上のモノなど俺は持ち合わせていない。
強いて言うなら、この身体だろうか?
彼女がお相手なら望むところではあるが、一応シャワーぐらいは浴びてくるべきなのかな?
「ふむ。こんなモノだろう」
等と考えている間にシャーロットによる超洗浄は完了した。
先程までの惨状が嘘のように思えてくるほどのビフォーアフターである。
もっとも彼女の超洗浄の範囲は、食堂とその調度品までで、そこら中に転がっている酔っ払い共までは及んでいない為、ヤツ等の衣類は酷いままだ。
まぁその辺は自業自得だと思って放置。
そこまで面倒は見きれん。
食堂もキレイになったし、ちゃんとしたところで寝直そうと食堂を出る。
すると入れ替わりになるように誰かがやって来た。
「おや? もうキレイにしてくれたんだね。ご苦労様。助かったよ」
その誰かさんは俺達と食堂を交互に見て、そう労ってくれた。
うん、それはいいんだけど、アンタ誰?
は? この食堂のマスター? え? じゃあ、さっきの男は?
……やられた!
あのヤロウ、俺より先に目覚めただけの、ただの客だった!
目の前のマスターは真っ先に起きたソイツに掃除を命じたんだけど、ヤツはあろうことかマスターのフリをして次に目覚めたヤツ、つまり俺に掃除するよう押し付けたのだ。
で、そのまま逃走。
お互い、初対面だからこそ出来た手段と言えよう。
悔しいが、こればっかりは気付かなかった俺も悪い。
向こうだって、こんなすぐバレるような嘘、通るとは思わなかっただろうしな。
次からの反省点として、肝に銘じておこう。
「あぁ、それと飲み代の請求は誰にすればいいのかな? 君かい? それとも、そこに寝ている人かい?」
マスターは俺と足元に転がっているモトルナサンを交互に指さす。
もちろん俺はモトルナサンを差し出した。
一発殴る代わりである。
マスターもマスターで、容赦なくモトルナサンの懐をゴソゴソと漁り、やがてヤツの財布らしき巾着袋を見つけ出す。
「うん、これだけあれば十分だね」
チャリチャリと巾着袋から奪われていく金貨たち。
すっかり軽くなった巾着袋をモトルナサンの懐に戻すと、「じゃあこれで」と食堂の奥へと去っていった。
「…………」
ほんの少しだけ良心が痛んだ俺は、その巾着袋に一枚だけ金貨を忍ばせるのだった。




