第489話 会った覚えも無い人物との再会
「よう! 久しぶりだな!」
「……えっと、誰?」
テオガーの村はウルザラ村よりもちょっと大きいかな程度の村だが、この規模の村にしては珍しい事に、ちゃんとした宿屋が存在している。
なんでもバオムヴォレの綿を定期的に採取しに来る冒険者の為に営業しているだとか。
そんな村に一軒しかない宿屋に辿り着いたところ、妙に馴れ馴れしい奴が話しかけてきた。
ソイツは年は二十代後半といった所か? 無精ひげを生やしてはいるが不潔感は無く、腰には護身用なのか短剣がぶら下がっている。
いや、ソイツの風貌などどうでもいい。
それより大事なのは、コイツとは初対面のはずってことだ。
少なくとも俺の記憶に、こんな奴は存在しない。
なのに「久しぶり」と話しかけられても、どう対処していいのやら。
「おいおい、忘れちまったのか? 俺だよ。俺」
「オレオレ詐欺は間に合ってますんで」
そうか、これは新手の詐欺だ。
俺だよ俺と、さも以前会った事があるような感じで話しかけ、相手の油断を誘い最終的には金品をだまし取るつもりなのだ。
大方、この村の住人あたりが外部からの人間に対し、あわよくばと試みたのだろう。
たとえ金品をだまし取れずとも、上手い事話を転がし「再会を祝して飲み明かそう」的な展開になれば、ただ酒にありつける可能性もある。
こういった輩への対処法などただ一つ。ガン無視しかない。
こっちが乗ってこなければ、新たなカモを探しに立ち去るだろう。
「つれねぇなぁ。あの夜の事を忘れちまったのか?」
あの夜? 記憶にないな。ますます人違いの可能性が高まった。
いや、そもそもコイツは詐欺師。人違い以前の話だ。
だいたい俺はこの世界に来てまだ一か月も経っていない。
そんな俺に昔の知り合いなど居る筈もないのだ。
「そっちの嬢ちゃんは俺の事、覚えてくれてるだろ?」
「あぁ。いつぞやは世話になったな」
おい、シャーロット。嬢ちゃんなんて見え透いたおべっかごときで、詐欺師に話を合わせるんじゃない。
「くぅー、こんな美人さんに覚えててもらえたとは嬉しいねぇ。それに引き換え、こっちのボウズは……ハァ……」
なんかヤレヤレって顔されてる。
詐欺師のくせにヤレヤレって、俺の方がヤレヤレだぜ。
「まぁいいや。ココに居るって事は、お前さん達もバオムヴォレが目的って事だろ? どうだい? ヤツ等の生息地とか知りたいんじゃないのか?」
「教えて頂けるのか?」
「まぁ勿論タダじゃないがな」
そういって詐欺師は親指と人差し指で〇を作る。
やはり目的は金か!
「それともこっちでもいいぜ?」
その〇を今度はグイッと口に持っていく。
やはり目的は酒か!
「私としてはコッチでもいいぞ?」
同じように〇を作ったシャーロットは、そのまま人差し指を弾く。
……それは何のサインだ?
「お、お前さん。そっちもイケる口か。いいね! だったらとっときのを出すとしよう」
「よかろう。私も全力で迎え撃とう」
何のサインだかは分からんが、何やら通じ合ったようだ。
そのまま宿に併設されている食堂へと向かう二人。
どうしよう?
二人の事は気になるが、宿のチェックインもしないと。
こんな時こそ、いつもの三択だ。
A案:あのサイン。なにかいかがわしい事じゃないよな? 気になるのでついて行く。
B案:あの二人。なんか怪しい雰囲気だったよな? 気になるのでついて行く。
C案:とにかくついて行く。
うん、三択どころか一択だった。
C案は選択肢ですらない。
それに宿のチェックインは別に俺がやる必要も無い。代表が一人いれば十分なのだ。
クレアに後の事を任せ、俺は食堂へと向かう。
「はっ、威勢のいいことを言ってた割には、そんなもんか?」
「ぬかせ。そっちこそ、もう後がないぞ?」
「バカを言うな。これこそが俺の作戦よ。みろ、お前の守りはガラ空き! あとはトドメを刺すだけだ!」
「なっ、しまった!!」
「これで終わりだ! 喰らえ! 必殺ハイパーアポカリプスギャラクティカエキセントリックシュート!!」
「なんの! 最終奥義! 天地開闢六道輪廻焼肉定食奇奇怪怪バリアー!!」
なんか訳の分からない必殺技っぽいのが繰り出されてる。
長いんで詐欺師のほうはHAGEシュート、シャーロットの方はテリヤキバリアーとでも略すか。
略したところで二度と口にすることは無いだろうけど。
だって、あんな大層な言い合いしているわりに、やってる事はタダのオハジキなんだぜ?
いい年した大人たちが、声を大にしてオハジキに夢中になってるのを見て、俺はどう対処すればいい?
もう一度、三択の出番か?
A案:二人の邪魔をしちゃまずいな。そっとフェードアウト。
B案:こんな高レベルな戦いでは、俺は足手まといでしかない。そっとフェードアウト。
C案:同類と思われたくない。全力でフェードアウト。
もちろん、C案を選択した。
何事もなかったかのように宿の受付に戻り、何事もなかったかのように教えてもらった部屋へと向かう。
ドアを開けるとベッドが四つ並んでいる。
どうやら四人用の部屋が宛がわれたようだ。
だが俺達は六人いるので、二人はベッド以外で寝ることになる。
もしくは一緒のベッドを使うか、だ。
もちろんここはクジ引きだろう。
その結果、俺が狭い思いをすることになろうとも、一向に構わない。
むしろその貧乏くじを引きたいぐらいだ。
「なに、いそいそとクジなんか作ってるのよ。そんな事より、サッサとバックドアを出しなさいよ。今日はそっちで寝るんだから」
ですよねー。




