第482話 払い下げ
「仕方ありませんね……では金貨三枚ということで」
当初の金貨二十枚から色々と交渉した末、幌馬車一台で金貨三枚。
調査依頼の時に買った船が金貨一枚だったことを考えれば、三艘分ってことか。
とはいえ、新車で買えば金貨十枚は下らないのだから、安い方なのだろう。
「決まったかい? じゃあ、今度はウチの番だね」
「はい、よろしくお願いします」
俺との商談を終えたメルタさんは、そのまま馬車具屋の店主との商談を始めた……が、すぐに戻って来た。
まさか交渉決裂か? 受付業務はベテランでも、商談ともなると勝手が違うようだ。
「失礼ですね。既に交渉は終わっているので、私はその確認のために来ただけです」
「何も言ってないんですけど……」
「あぁ、そうでしたね。そんな細かい事より、一つ頼まれて頂けませんか?」
「頼み事ですか」
なんだろう? まさか私を嫁にもらって、とか?
いや、メルタさんの場合、嫁に行くより婿取りの方が似合ってそうだな。
ちなみにその頼みは聴けませんので悪しからず。
「ちっ、使えませんね」
おい、心の声が漏れてるぞ。
「おっと、これは失礼。ショータ様は売約済みのようですし、私を娶る方はもっと甲斐性のある方を選ぶとしましょう」
「……」
色々ツッコミたいが、ツッコんだらツッコんだでややこしくなりそうなので口を閉ざす。
そんなどうでもいい事より、頼みって何なのか、サッサと説明してほしいものだ。
「そうですね。頼みたい事というのは、この馬車をギルドまで運んで欲しいのです」
「は?」
「今現在、ギルドで使用している幌馬車をショータ様に払い下げてしまうと、馬車が足りなくなりますからね。すぐにでも運ぶ必要があるのです」
俺に払い下げたから新しい馬車を運ぶって、順番逆じゃね?
普通、新しい馬車を手に入れてから、払い下げるもんじゃね?
「うるさいですね。男は黙って女の手のひらの上で踊っていればいいんですよ」
何度も言うようだが、人のモノローグと会話しないでいただけませんかね?
しかも、うるさいって……
「で、引き受けるんですか? 引き受けないんですか? ちなみに引き受けなかった場合、払い下げの話は無かったことになります」
「なっ」
「当然です。中古とはいえ、欲しがるパーティーはいくらでもいます。その方たちなら喜んで運ぶことでしょう」
汚いさすが受付嬢きたない。
なにが汚いって、断った場合、実際そうなるであろうあたりが特に。
工房に置かれたままの馬車を眺める。
木製の車体と布製の幌だが、サイズがサイズなので乗用車位の重さはありそうだ。
これを六人で動かすとなると、結構な重労働になりそうだ。
いや、労力だけではない。
ここからギルドまで押していくとなると、来た時の二倍、あるいはそれ以上掛かるだろう。
おそらく出発出来るのは早くても昼過ぎ。
となると今日出発するより、明日の朝一で出発する方がいいかもしれないな。
「メルタさんじゃなくても分かるッス。これは変な勘違いをしてる顔っス」
「勘違い? 失礼な。これでもスケジュールの再確認中なんだよ」
「なんで馬車を運ぶことからスケジュールの再確認に繋がるか、聞いてみたいっスよ」
「だからな? この馬車を運ぶとなると物凄く大変だろ? そう考えると今日出発するのは諦めた方がいいんじゃないかと」
「そんなのハマルに牽かせればいいじゃないっスか。なんで人力で運ぼうとしたのか謎っス」
……………そうだな。シュリの言う通りだ。
ハマルがいるんだから、ハマルに牽いてもらえば済む話だった。
なんでわざわざ人の手で運ぼうと思ったんだ?
あぁ、メルタさんが別のパーティーに運ばせるとか言ってたからか。
みれば、既にハマルは元のサイズに戻っている。
あとは馬車とハマルとを繋ぐハーネスを身に着けさせれば出発可能となるらしい。
俺が余計なことを考えている間にも、どんどん準備は進められていたようだ。
「じゃあコレがドレイク種用のハーネスだ。御覧の通り、普通の馬用と違って牽くだけしか出来ないけどね」
店主が持って来たのはロープとベルトが組み合わさったものだ。
板バネ付き馬車は普通の馬用のため、轅(馬車から前方に伸びた馬を繋ぐ二本の棒)が付いている。
とはいえそれは普通の馬用の長さであり、尻尾を含めると全長5mはありそうなハマルを繋げるには少々短い。
たとえ無理に繋げたとしても、尻尾が車体の下に入ってしまうだろう。
そのためドレイク種に普通の馬車を牽かせる場合は、ベルト状のハーネスを使うのが一般的らしい。
ただロープとベルトなので、後進させることは出来なくなるので、狭い道とかは十分注意するように謂われた。
そんな店主からの注意を聞いている間にも、馬車具屋のスタッフらしき数人がハマルにハーネスを身に付けさせていく。
その横で手順を熱心に学ぶアレク君。
すまん。俺も学ぶべきなのだが、店主が放してくれないのだ。
決して面倒だとか、覚えられる人に任せればいいや、とか考えていない。
あぁ勿論だとも。
なにせ彼以外に当てになりそうなのは俺ぐらいだからな。
クレアやベルは作業を眺めてるだけだし、シャーロットとシュリに至っては板バネの構造を熱心に見ているだけだ。
実に当てにならない。
まぁアレク君が優秀だし、きっと覚えてくれることだろう。
……多分、他の奴らも同じように考えていそうだな。
やがてハマルにハーネスが取り付けられ、馬車との接続も完了する。
もちろん、向きは出口側に向けられている。
19/02/07
身に付ける 着たり、はいたりする。また、からだにつけて持つ。
取り付ける 器械・器具などを装置する。そなえつける。
迷いますけど、ハーネスも装身具の一つだと思うので、「身に付ける」のままで。
誤字報告をしてくれた方、すみませぬ。




