第465話 奴隷落ち
「やっと門まで着いたか」
森を抜け、草原を抜け、ようやくマウルーの町まで戻ってこれた。
戻る途中でコッコゥを見かけたが放置。
面倒ってのもあったが、これ以上の殺生をする気になれなかったからだ。
ギルド証を見せて門をくぐると、ようやく一息付けた気になる。
以前は森を抜けたあたりで一息ついて叱られたが、俺も少しは成長するのだ。
「ちょっと、通り道で立ち止まらないでよ。邪魔でしょ」
「はいはい、どきますよっと」
人が成長を噛みしめてるのに……いや、通り道を塞いでる俺が悪いのか。
慌てて脇に避けると、その横をクレアが通り過ぎていく。
その姿は感慨のかの字もなく、ごくごく当たり前のように歩いている。
まぁ門をくぐるごときで感慨深いとかないか。
早めに引き上げて来たせいか、夕暮れというには少し早い時間帯。
通りの店も既に店仕舞いしていたり、あるいは少しでも荷物を減らしたいのか、半値以下で投げ売りされている。
投げ売り商品が気になったけど、先にギルドへの報告が先だと、クレアに急かされる。
くそっ、戻って来た時には売り切れてるだろうに……無念。
気を取り直して、大通りをテクテクと歩く。
変わらない街並み、といっても今朝通ったばかりだし、そうそう変わったりはしないか。
強いて言えばサンドイッチマンが増えたぐらいか?
調査依頼から戻った時も気になってたけど、結構な率で板に挟まれた連中を見かけるようになった。
驚いたことにムサイ野郎だけでなく、女性までもサンドイッチマンになっていたのだ。
いや、宣伝目的なら野郎よりも女性の方がいいのか?
まぁどっちでもいいか。少なくとも俺には関係ない話だ。
サンドイッチマン共は見ない事にしてギルドへと急ぐ。
そういえばシャーロットの方は無事終わっただろうか?
アレク君がサポートについたとはいえ、彼女の方向音痴っぷりは筋金入り。
きっと碌なことになってそうだよなぁ……
えーっと……どういう状況だ?
ここはギルドの打ち合わせエリア。
目の前には肩ぐらいの茶髪に皮鎧、腰にはショートソードを下げたいかにも新人冒険者っぽい出で立ちの少年。
最近、風呂人に目覚めたせいか、サラサラした髪は一見すると美少女にも見える。
だが、その外見に騙されてはいけない。
確かにその正体を知らなければウッカリナンパしたくなるような見た目だとしても、その下半身にはアレが付いているのだ。
しかも両方。
ひょっとしたら、それはそれで……という方もいるかもしれないが、俺は違う。
普通に女性の、それも大きい方が……って、そんな俺の性癖はどうでもいい。
要はアレク君が目の前にいる。
そして彼は俺を見つけるなり、こう言ったのだ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
と。
一瞬、シャーロット辺りのイタズラか? とも疑った。
アイツならやりそうな気もするが、当の本人がその隣に居て、更には神妙な顔をしているのだ。
これは冗談やイタズラでは無く、マジな「ご主人様」らしい。
呆気に取られていた俺に対し、クレアの反応は早かった。
彼女はアレク君に近付くなり、その首輪を引きちぎろうとしたのだ。
なんて乱暴なヤツだ、とは思わない。
俺もその首輪の正体を知れば、同じことをしていただろう。
彼のほっそりとした首には似合わない、いかにもなデザイン。
それと同じものを俺はあの場所で見ていたのを思い出す。
あの場所とは、ベナルトン商会。
ハマルの従魔契約の為に行ったのだが、あの商会の本業は公営の奴隷商。
当然、商品である奴隷達には、リンカーン協定で定める所の首輪を付けていた。
それと同じモノがアレク君の首にも付いており、クレアが引きちぎろうとしてもダメだったって事は、キチンと機能している状態なのだ。
つまり、何でこうなったのかは分からないが、確実に言えるのは『アレク君が奴隷落ちした』って事だ。
しかも、何故か俺が「ご主人様」で。
もちろん俺に心当たりはない。
大金を得た事で奴隷を購入しようかとはチラッと考えはしたが、それはモフモフ要員が欲しいなぁ程度だ。
断じてアレク君を奴隷にしようなんて思ってもいない。
クレアにもそう弁明しているのだが、全く話が通じない。
今はアレク君とベル、シュリの三人がかりでクレアを抑え込んでいる状況である。
ギャーギャーわめくせいか、クレアの口には猿ぐつわまで噛まされている。
「で、この状況はちゃんと説明してもらえるんだろうな?」
「あぁ、分かっている。話せば長くなるが、構わないだろうか?」
「構うも何も、お前かアレク君が説明してくれないと、誰も分からんだろうが」
アレク君はクレアを取り押さえるのに手一杯で、説明する余裕はない。
なぜかメルタさんが「説明しよう」って顔でスタンバっているが、放置。
おそらく当事者であろうシャーロットからの弁明を聞いてからだ。
「あれはそうだな……手紙の配達を始めたあたりの事だ」




