第454話 油断
「見慣れた天井だ……」
なかなか例の台詞を言えないので、仕方なく当たり前のことを言ってみる。
一応、悪あがきとしてベッドで寝る際、いつもは足になる方に枕を置いて寝てみたのだが、見慣れた天井は見慣れた天井だった。
まぁいい。
いつか言える日が来るだろう。
そもそも、あの台詞を言えるとしても、その時は碌な状況ではないだろうし。
自分が寝ている間に知らない天井のある部屋へと連れていかれるのだ。
そんな状況を肯定できるのは、サプライズパーティーぐらいしか思いつかない。
むしろ言えない方がいいのだ。
そう納得しベッドから降りると、鎧戸を開ける。
夜明けが近いのか空は明るいが、少し雲が出ている。
曇天という程ではないので雨の心配は無いだろう。
雨の日は気分が乗らないから休み。
どこぞの南の島の大王みたいな言い草も、日雇い労働者もとい気楽な自由業なら通るのだ。
その代わり、安定した収入は見込めないけどな。
寝間着姿のまま廊下に出ると、出しっぱなしだったバックドアをくぐる。
顔を洗うならバックドアの方が近いし楽だからな。
出しっぱなしだったのはシャーロット達が消えないように細工していたのだろう。
だったら寝るのはバックドアの寝室でも良かったのだが、あの時は宿のベッドに行ってしまったんだよな。
もしかして無意識のうちにフカフカベッドを敬遠しているのだろうか?
答えは出ないまま中層のトイレで洗顔と用足しを済ませる。
洗面台は脱衣所にもあるけど、トイレも一緒に済ませるならこっちのほうが速いからだ。
脱衣所で思い出したが、シャーロットと他一名が大浴場にいるようだ。
朝から風呂とはいい身分である。
俺も一緒に入りたいものだ。
よし、入ろう。
当たり前のように脱衣所へ向かい、当たり前のように服を脱ぎ、当たり前のように混浴する。
大浴場にいたのはシャーロットとシュリとタマコの三人(?)だった。
シャーロットの風呂好きは分かりきっている事だが、何気にタマコも風呂好きだよな。
事あるごとに風呂に入っている気がする。
まぁヤツは根っこから水分補給しているだけだと思うけど。
そんな朝風呂メンバーにもシュリという新顔が加入した様だ。
「朝から風呂とは贅沢っスぅー」といい感じに蕩けている。
彼女も風呂人からスーパー風呂人に目覚めたようだ。
スーパー風呂人3になる日も近いだろう。
暫く湯船に浸かってまったりしていたのだが、シャーロットの「朝練の時間だ」の一言でビバノンノタイムは終了した。
戻って来た翌日ぐらい休んでもいいんじゃないかと思うけど、「鍛錬は一日休んだだけでも取り戻すのに三日は掛かるのだ」と言われてしまえばあきらめざるを得ない。
皮鎧に着替えて裏庭へと向かう。
既に片付けられたのか、テーブルや石窯はなく、いつも通りの裏庭だった。
少し早かったのか、アレク君達三人の姿は無い。
まぁ彼らは俺と違って勤勉な連中だし、すぐに来るだろう。
案の定、屈伸などの準備運動をしているうちに三人も来たしな。
でも出来ればもうちょっとだらけて頂けると俺の負担が少なくなって助かるんだけどな。
君たちが真面目なせいで、俺が怠けていると思われるのだ。
実際、怠けてようとしているので間違ってはいないんだけど。
彼らはシャーロットに言われた通り、真面目に素振りをしている。
俺もやってはいるが、シャーロットに言わせると「身が入っていない」らしい。
見る者が見れば分かるようだ。
「そんな様では、今日のゴブリン退治で大怪我をするぞ」
シャーロットが強い口調で忠告してきた。
いかんな。
ここんとこ、真っ当な戦闘をしていないせいか、気が緩んでいるのだろう。
元々勤勉な性格でもないし、当分の間は遊んでいられるだけの大金も手に入れたせいか、強くなろうとする気構えが足りていない様だ。
最強を目指す必要は無いが、最低限身を守れるだけの強さは必要だと、いつも自分に言い聞かせているじゃないか。
金を得て、仲間を得て、これでいいやと油断していたのではないのか?
「シャーロット。ちょっと俺を殴ってくれ」
気合を入れ直そう。
金は得たが、それだけだ。
身を守る強さは、まだ得ていない。
「……分かった。いくぞ? 歯を食いしばれ」
「あぁ、たの――」
――ドン
む、と言おうとしたところでシャーロットの肝臓打ちが俺のわき腹に突き刺さる。
「――――!!」
痛みに悶絶し、言葉も出ない。
内臓を鷲掴みされたような、そんな痛みだ。
某釣り船屋の息子を彷彿させるような、物凄い肝臓打ちである。
このパンチ……世界が獲れる!!




