第417話 聖女の消息
「完璧な身代わりの魔法か……その聖女にも一度ぐらいは会ってみたかったものだな」
「あたしが勇者になった頃には、もう心が壊れてたっスからねぇ。どっかで静養していた筈っスけど、王様に聞けば……って、そもそも国自体が無かったっスね」
シュリの言う通り、かつて勇者を召喚し、戦争を仕掛けた国はすでにない。
当時の王様も、そして聖女ももういない。
彼女の感覚としては数日前の出来事でも、実際は五百年以上経過しているのだ。
勇者の一人として召喚され、チートスキルを所持していたとしても、所詮はタダの人間。
とっくの昔に寿命で無くなっている。
その事に気付いたシュリは、すこし寂しそうな顔をする。
「やっぱ五百年は遠いっス……」
「そうだな」
目覚めたら顔見知りは全ていない世界ってのは、かなりクるものがある。
俺がこの世界に来た時は……まぁ、そんなでも無かった気もするが、内心では不安で一杯だった。
多分、飛空艇という現実逃避が無ければ、そのまま野垂れ死にしていただろう。
何も知らない、誰も知らない。
その恐怖に打ち勝つには心の支えが必要だ。
俺にとっての飛空艇、そしてシュリにとっては一緒に召喚された三人だったのだろう。
「その聖女だがな……彼女は勇者のお前まで行方不明と知り、その命を自ら断ったそうだ」
「そう……っスか……」
なのになんでトドメを刺そうとするのかね?
そんな重い情報は、シュリが知りたいと望んだときに教えてやればいいんじゃないのか?
「あーいや、大丈夫っス。どうせ五百年っスからね。幸せに生きたにせよ、そうでなかったにせよ、どっちにしろ生きては会えないっスから」
「シュリ……」
「それに、こういっちゃなんですけど、彼女が変な風に利用されなかっただけマシだと思うっス」
心が壊れたままとはいえ、召喚された勇者の一人だ。
その利用価値は色々とあるのだろう。
最後の勇者として旗印にされるとか、あるいは彼女にすべての責任をなすり付けるとか。
もしくは勇者としてではなく、聖女としての利用価値とかな。
チートスキルはどうだか知らないが、親のスキルや能力が、その子供にも発現しやすいのはこの世界の常識だ。
であれば聖女としての能力やスキルを、自分達の系譜に取り込もうとする者もいるだろう。
心が壊れてても身体は正常なら、その目的は十分達せられる。
むしろ壊れたままの方が都合がいい。
己の意識のないまま、ただひたすら生み続ける。
そんな悲惨な未来さえ、あったかもしれない。
それに比べれば、自分の意思でその未来を決めることが出来ただけ、マシな方なのだろう。
「っと、なんか湿っぽくなったっスね」
「そうだな。日も暮れたことだし、晩飯にするか」
「晩飯といえば、『らざにあ』とやらは完成したのか?」
アレク君が居ない理由はシャーロットも把握している。
折角のフロード体験を蹴ってたほどだ。
その成果が気になるのだろう。
「ミートソースだけはな。ベシャメルソースの方は材料不足だってさ」
「材料不足って事は、材料さえ手に入れば作れるって事っスよね」
「あぁ、牛乳が無いだけで、他のは用意できるってさ。その牛乳も、戻ったらガロンさんに聞いてみるつもりらしい」
「手に入るといいっスね」
ベシャメルソースがあればグラタンやクリームコロッケが出来る。
ミートソースがあれば……あれ? ミートソースってスパゲティ以外に何に使えたっけ?
ラザニアは当然としても、他に使い道が思い浮かばない。
パスタ以外に何かあったような気もするけど……
まあいいや。とにかく向こうの世界の料理の再現が捗るなら、それで良しとしよう。
「やっと来たわね。準備は出来てるわよ」「…………」
「すまんな。ちょっと話し込んでた」
食堂に向かうと、クレアとベルが出迎えてくれた。
二人はフロードの指導が一段落したため、こうしてアレク君の方を手伝っていたようだ。
「まぁいいわ。冷める前にサッサと食べましょ」
「そうだな」
クレアに促され、俺は自分の席に着く。
俺の前には茹でた麺のみが皿に盛られてある。
もちろんこの状態が今日の晩飯ではない。
六人全員が着席したのを合図に、タマコがワゴンテーブルを押して登場する。
タマコはそのままワゴンを進め、それぞれの皿にミートソースを掛けていく。
葉っぱがわさわさしている手(?)ではあるが、お玉を上手に操っている。
「凄いでしょ。ちょっと教えてみただけで、あの上達っぷりよ」
クレアが自分の事の様に自慢してくる。
お前の指導が良かったのではなく、タマコの覚えが良かっただけだというのにな。
そもそもクレアのヤツ、ミートソースをかける程度で何を言ってるのだろうか?
タマコが妙に賢いのは、今に始まった事では無いだろうに。
でも、トレントって何なんだろうな……
「少なくとも、こうして食事の配膳したりはしないな」
ですよねー。




