第405話 レシピ本
シャーロット、シュリ、クレアの三人の興味が赴くまま、あちこちうろついている。
と思ったら、アレク君が露天商の前で足を止めた。
どうやら何か興味の惹かれるものがあったらしい。
真剣な面持ちで悩んでいるようだが、なにか掘り出し物でもあったのだろうか?
その視線の先を追ってみると、そこには古びた本がある。
表紙はボロボロだが、どうにか読める文字を拾ってみればレシピと読めた。
「これってレシピ本なのか?」
「あ、ショータさん。そうなんです。勇者のレシピを記したものらしいです」
「らしいって……読んでみればいいんじゃないのか?」
「ボウズ。読むんだったら買ってからにしてくれ」
「あ、はい。スミマセン」
アレク君とそんな事を話していたら、露天商のオッサンに注意されてしまった。
どうやら立ち読みは駄目らしい。
かといって売値を聞けば、金貨一枚と中々強気な価格設定。
売る気があるのか疑いたくなるほどだ。
(ショータさん。未発見の勇者のレシピなら金貨一枚でも安いぐらいです)
(未発見か……それって、既に発見されてる場合もあるのか)
(たまにですが、ありますね。それっぽく見せかけて、既存のレシピが書かれてるだけのもあります。
ただ装丁が見た事ないものなので、おそらくですが今回は違うと思います)
ふむ……未発見かどうかはともかく、勇者のレシピには興味があるな。
今まで食べたことはあっても、その作り方までは知らないものは多い。
食のバイブルと化してる美味〇んぼだって、全部を覚えてる訳でもないし。
ひょっとしたらアレク君が知ってる可能性はあるが、元の世界の料理を知るチャンスでもある。
俺は「冷やかしならさっさと帰れ」オーラを出すオッサンに金貨を渡すと、その本を買うことにした。
オッサンもまさか俺が買うとは思ってなかったらしく、ちょっと慌てた様子で金貨を受け取る。
と思ったら、その金貨をじっくり眺め出した。
まさか贋金だと思われたのか?
「すまねぇ。あんまりにもアッサリ払ったもんだから、ついな……」
「いや、気にしてないさ。それに、あとで騒がれるぐらいなら、この場で確認してもらった方がお互いのためだろうし」
「それもそうか。だが、良かったのか? 自分で売っといてなんだが、お前さんの役に立つようには見えないんだが……」
「まぁ前々から勇者の残したレシピってのに興味があったし、いい機会ってことで」
「興味って……まぁこっちとしては売れたんだから文句はねぇんだが……できれば有効に使ってくれる奴に売りたかったってのが本音だけどな」
「その辺は大丈夫。これを……こうすればいい」
俺は受け取ったレシピ本をそのままアレク君に丸投げする。
「え?」
「彼の腕前なら、きっと有効活用してくれる……はず」
「まぁそれなら……」
急に渡されたレシピ本をお手玉しているアレク君をよそに話はまとまった。
古本一冊に金貨はちょっと豪気すぎた気もするが、大金が手に入って気が大きくなったって事にしておこう。
そのレシピ本だが、結局俺に返却されることになった。
アレク君が遠慮したってのもあるが、装丁がボロすぎて普通のバッグに入れていたのではすぐにダメになってしまうからだ。
なので、今は俺のマジックバッグに納められている。
折を見て飛空艇のリビングにある、空の本棚にでも納めておくとしよう。
あそこに納めておけば、アレク君も読みやすいだろうしな。
ただ困ったことが一つある。
不用意にみんなのいる前で買ってしまったことで、他の連中の目線が変わったのだ。
具体的には、自分の買いたい物の前で、チラチラと俺を見るようになった。
クレアに至っては「これ、買いなさいよ」と直球勝負だった。
それはまぁいい。
あれだけの大金を手に入れたのだから、多少は周りに還元しようとする気にもなれる。
だがクレアよ。
アレク君の場合は、回り回って俺の得になると思ったからこそ、先行投資的な思いもあって買ったのだ。
お前の持つその木彫りの熊だか何かの像は、一体何の得になるんだ?
もうちょっとマシなものを見つけてから出直してくるように。
シャーロットの場合は……それは何の樽だ?
いや、言わなくてもなんとなく分かった。
アレだ。昨日飲んでたワインの樽だ。
なんかの紋章っぽい焼き印に見覚えがある。
さすがに金貨十枚は払えないからな? 返してくるように。
え? 金貨一枚? 同じ酒造元の若い酒?
……まぁいいだろう。いつも同じビールじゃ飽きるしな。
クレア……俺は熊がダメなんじゃない。
そもそも木彫りの像が必要なのかを聞いてるんだ。
ってベルもか。
ウルザラ村が林業中心で、この手の工芸品に興味があるのは分かったが、二人して似たようなものを買いたがる必要は無いんじゃないのか?
「……」
違うのらしい。
ベルは木製の像を、ズイッと俺の鼻先に近付けて来た。
よく見ろってことか?
仕方なしに、その像を眺める。
大きさは二リットルのペットボトル位か。
持ってみるとずっしりと重い。
「創世神様の像かしら? ベルが選ぶなんて珍しいわね」
彫られているのは創世神らしいが、こんな姿だっけ?
教会で見た石像を思い返してみるが、その後にあったタマちゃんのエピソードの方が強くて、どうもあやふやだ。
まぁ銀貨一枚らしいし、それぐらいならと購入。
これも本棚行きになるだろうが、インテリアだと思えばいいか。
ちなみにシュリは調薬用にと石臼と天秤を欲しがった。
彼女の持つスキルを考えれば、買っておいて損は無いだろう。
石臼なんて持ち歩くには重すぎるが、マジックバッグに入れてしまえば関係ないしな。
テーブルと椅子しかない工房に置けば、看板に偽りなしとなるだろう。
ただ、クレアは碌なものを持って来なかった。
とはいえ一人だけ買わないのも角が立つ。
最終的には、昼飯を食べる所を彼女が選ぶことで、何とか話がついた。




