第384話 発生と回避
ジロジロと見られて不愉快だろうに、周りの視線を気にすることもなく、まっすぐにカウンターへ進むシャーロット。
そんな彼女を隠密全開で見送る俺。
美女を侍らせたせいで変なのに絡まれるテンプレ展開など、全力回避する所存である。
このギルドは平屋作りの為、依頼受付カウンターも同じフロアにあるようだ。
そんな彼女の前に、先程から下卑た目で見ていた連中の一人が歩み出た。
「ようネーちゃん。依頼だったら俺達が受けてやるぜ。なに、報酬はそのカラ……ダはぁ?!」
テンプレっぽい絡み方をしたモブAは、シャーロットの褐色スライムさんを触ろうとして、そのまま足を滑らせ盛大にすっ転んだ。
勢いが良過ぎたのか、「ゴン!!」と盛大な音と共に後頭部をぶつける。
その様子に、周りからは嘲笑がおきる。中には彼を小馬鹿にするヤジまで飛んだ。
傍から見ればモブAが必死に迫るあまり、勢い余って転んだように見えただろう。
俺も絡まれないように警戒し、全開にしていた概観視があったから分かったものの、素の状態なら全く気付かずにいただろう。
シャーロットはモブAが現れると同時にその足元に魔法で氷を発生させたようだ。
あまりにも自然に発生させたうえ、すぐに消したので誰も気づかなかったらしい。
後で聞いたら、更に足払いまで入れていたそうだが、そっちは全く気付かなかった。
スキル『概観視』は、俺自身の動体視力を強化することはない。
したがって、まさしく目にも留まらぬ速さの場合、概観視といえども捉えることは出来ないらしい。
思わぬ概観視の弱点が露呈したが、それがシャーロットの攻撃だったのが不幸中の幸いか。
弱点に気付かず実戦を重ねていれば、いつかは命取りになっただろうが、ここで知った事でその対策が出来る。
まぁ動体視力ってどうやって鍛えたらいいのか分からんけど。
シャーロットに残〇拳でもやってもらえばいいのか?
「はい、畏まりました。ではお預かりします」
「よろしく頼む」
そんな事を考えているうちにシャーロットの依頼は受理されたようだ。
手紙一枚を送るのに金貨一枚。
金貨一枚といえば、ワイルド・ボア一頭分だ。もしくはガロンさんの宿代五十日分(長期割引除く)。
雷鳥便ってのはいい値段するんだな。
そして、そんな金額を惜しげもなく使う程の案件だったってことか。
たかがスライムと思っていたが、俺が思ってる以上に重大事件だったようだ。
とはいえ、俺に出来ることは既にない。
シャーロットをここまで連れて来た事で、俺の仕事は終わったのだからな。
後は手紙の送り先の奴らが何とかするんだろう。
用事を済ませたシャーロットは、肩の荷が下りたようなホッとした雰囲気だった。
彼女としても、メタルイーターの事を伝えてしまえば、あとは先方に丸投げする気だったようだ。
こちらに来る間にあった焦燥感は消え去り、今は呑気に依頼の掲示板を見ている。
ちなみに先程盛大にズッコケたモブAは、シャーロットが依頼を発注に来たと分かった途端、ギルド職員の人により、ズルズルと奥へと引き摺られていった。
見送っていた周りの連中からは「懲罰房」だの「綺麗なアイツが見られるな」だのと、不穏な言葉が飛び交っていた。
懲罰房がどうのってのは、発注に来た依頼人に絡んだ罰でも受けるのだろう。
冒険者同士のイザコザならともかく、依頼人にまで絡むようではギルドの評判に関わるしな。
でも、綺麗なアイツってのは何のことだ?
まさか綺麗なジャ〇アン(金の斧銀の斧の泉のアレ)の事か?
……人の振り見て我が振り直せ。
俺は懲罰を受けるようなことは絶対しないと心に誓う。
掲示板の依頼を見てみるが、マウルーとあまり変わらない依頼内容だった。
向こうでもあった薬草採取やらモンスターの討伐。
せいぜいターゲットとなるモンスターが少し違う程度か。
「町が違っても低級の仕事はあまり変わらないんだな」
「駆け出しの冒険者に、あまり無茶な仕事は割り振らないだろう?」
「そうなのか?」
入社一年目の新人に無茶振りするようなウチの会社とは雲泥の差だな。
もっとも冒険者ってのは、基本命懸けだ。こっちじゃ過労死する以前の問題だろう。
特に面白そうな依頼も無く、マウルーまでの配達依頼はあってもランク不足で受注できない。
シャーロットの用事も済んでいる以上、ここに長居する必要も無い。
ギルドの受付嬢に手頃な宿を教えてもらい、ギルドを去るのだった。
「ここが『新月亭』か」
「これって宿というか、ホテルっスよね……」
「手頃の意味を考えたくなるな……」
目の前にそびえ立つのは、石造りの五階建てのホテルだ。
五階建ての建造物は、この世界で初めて見たな。
「馬車も一杯止まってるっス」
「どうみても貴族とかが泊る高級宿だよな……」
「あ、ショータさん。あれって自動車じゃないっスか?」
馬車を停める駐車スペースには、箱型の高級そうな馬車が何台も置いてあった。
馬は馬で馬房に繋がれており、宿の従業員らしき人が甲斐甲斐しく世話をしていた。
そんなホテルの裏にある駐車場の中で異彩を放っていたのが、シュリの言う『自動車』だ。
といっても現代日本で走り回ってる様な形ではなく、古い映画に登場するようなくクラッシクカーっぽいシルエットである。
箱型の馬車に無理矢理エンジン回りをつけるとあんな感じになるのだろう。
「ほう……ワシの『ビークール』が自動車だと、良く分かったな」
「実際見たのは初めてだけど、映画とかではたまに見かけたからな……って、誰だ?!」
自動車っぽい馬車を眺めていると、背後から声をかけられた。
突然の声掛けに驚いた俺とシュリが、振り返った先に居たのは小汚いオッサンだった。




