第382話 塩の平原(三度目)
一周年!! ってことで時間外投稿。
やる予定もないスカイダイビングに思いを馳せていると、山を越えたのか視界に白一色に染まる。
実に三度目となる塩の平原だ。
前回来たときは雨の影響で天空の鏡になっていたのだが、その雨もすっかり乾ききり、塩の平原本来の姿を取り戻したようだ。
「雨だった時も凄かったけど、こうも真っ白だと目が痛くなるわね」
「たしかにな……」
操縦室の窓から景色を眺めているクレアが、身も蓋もない事をのたまう。
お前には目の前に広がる絶景に、その心を奪われないのかね?
「確かに綺麗な景色だけど、この前見た景色の方がもっと良かったわよ」
「クレア。それは違うんじゃないか? 同じ場所でも時間帯や天候、季節によって変わるのを楽しむのも旅行の醍醐味だと、俺は思うぞ」
例えば富士山なんかいい例だろう。
遠くから見てよし、近くまで行って登るのも良し。
冬の白く染まった姿もいいが、夏の姿もまた良いものだ。
そういう俺は富士山に行った事はないんだけどな。
とはいえ本当にいい景色というのは何度見ても、いや何度も見たくなると思うぞ。
「ふーん……そういうものなのかしらね。あんまり景色なんて眺めないから、良く分からないわ」
「観光って考え自体ないのか」
「貴族様ならありそうだけど、アタシ達平民程度じゃ景色なんか見たってお腹は膨れないのよ」
「世知辛いなぁ」
こちらの世界の人にとって、旅は移動手段でしかないようだ。
魔物も出没するような世界を、わざわざ景色を見るために旅をしたりはしないのだろう。
「そうだな。貴族でも観光の為に旅行するのは稀だろうな」
「シャーロットか。そっちの用事は終わった……みたいだな」
「おかげさまでな」
シャーロットが髪をタオルで拭きながら操縦室に入って来た。
あのヤロウ、普段は操縦を代われとか言うくせに、こんな時に限って風呂の方を優先しやがったのだ。
お前がスーパー風呂人3なのは分かるが、少しは自重ってもんがあってもいいんじゃないのかね。
「いい湯だったぞ。お前も入ってきたらどうだ」
「お言葉に甘えて……って言えるわけないだろ。船長たるもの、飛行中ぐらい風呂は我慢するさ」
「アタシは船長でも何でもないから、頂くとするわ。じゃあショータ、くれぐれも安全運転で飛ぶのよ」
先程の顔面膝蹴りを思い出したのだろう。
クレアがそんな事を言いながら出て行った。
そんな風に言われると前振りだと思いたくなるよな。
うっかりバレルロールでもしてみようかしら。
「ほう……もうこの場所まで来たのか。やはり空の旅は速いな」
「まぁな。魔物の襲撃もないし、楽なもんだ」
「下がこの有様なら、そうだろうな」
塩の平原には生命の欠片もない。
塩しかないこの土地では植物も育たないし、動物も生息できない。
たまに魔力溜まりから魔物が湧くことがあっても、これだけ何もなければそのうち移動するだろう、ってのがシャーロットの見解らしい。
それ位何もない平原が広がっているだけだった。
「しっかし広いよなぁ」
「そう……だな……」
こんなのを五百年前の魔王は作ったらしいが、マジでフカシに思えてくる。
地図には縮尺もないし、そもそも瀬戸内海見た事無いから当てずっぽうだけど、この広さ……下手すりゃ瀬戸内海を丸ごと山にしたぐらいあるんじゃないのか?
それをたった一人の魔法で作り上げた? ハッ、冗談にも程があるだろ。
仮にそれが本当だったとしても、そんな奴が飛竜一匹を倒せないっておかしくね?
それとも魔王って職を離れると、メチャメチャ弱くなるとか?
塩の平原の広さを目の当たりにして、改めてそう感じる。
本人もいる訳だし問い詰めてみたいが、ボロが出た結果、船を降りるとか言い出されても困る。
ここは生温かい目で見守るのが吉と見た。
「あー、そういえばタナムって町には、どれぐらい滞在する予定なんだ?」
我ながら話の切り替え方がヘタクソに思えるが、滞在日程を確認するのも必要な事だ。
一週間は掛かるとか言われたら、一度マウルーに戻る事も考えなくては、依頼失敗になってしまう。
「向こうのギルドで手紙の依頼を出すだけだから、それほどでもない筈だ。せいぜい明日辺りまでだろう」
「そうか。って、手紙? 誰かお偉いさんにでも話を通したりしないのか?」
「あの町に私の顔を知る者はいないだろうからな。手紙で事態を知らせるほか無いのだ」
「そうなのか……」
だったらマウルーのギルドでも良かったような……
あるいはシャーロットの顔を知る者がいる場所まで飛ぶとか。
「マウルーからでは山越えが必要だろう? それでは時間が掛かり過ぎる」
「でも数日だろ? だったらタナムからでもそんなに変わらないんじゃないのか?」
「いや、タナムからなら雷鳥便がある。その分、金は掛かるがな」
雷鳥便ってのは伝書鳩の雷鳥版らしい。
そもそも雷鳥ってなによって話なんだけどな。
向こうの世界の雷鳥とは違うのかしら?
「それに私の顔を知る者に会うのはマズいのだ」
「……なんだ? 借金でもして逃げたのか?」
「そういうわけでは無いが……とにかくマズいのだ」
誰かに会って伝えるのはマズいらしい。
理由を聞いてもマズいマズいしか言わないので、深くは聞かないでおこう。
もし俺の懸念通り借金があったなら、即行パーティーを解散して赤の他人になろう。




