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第370話 野営の準備

「あれ? これってどうやって立てるんだ?」

「ここにポールを挿すんじゃないっスか?」

「あぁ、ここか……で、こうしてっと……」

「良さそうっスね。じゃあロープで縛ってくるっスから、そのままでよろしくっス」

「あぁ、頼んだ」


 ここは泉から少し離れた、ちょっとだけ開けた場所。

 そこを今夜のキャンプ地と定め、野営の準備をしている最中だ。


 さすがに水場である泉の近くでは他の獣も来るため、そこをキャンプ地にしたりはしない。

 まぁ外敵がウロウロしている森のド真ん中で、目立つであろうテントを張るのはどうなんだって話はあるがな。

 だが屋根と囲いの無い場所で寝るのはイヤだという思いもある。


 伸び放題だった下草を手分けして刈り終え、現在建てているのは所謂(いわゆる)ワンポールテントと呼ばれるものだ。

 コイツは今回の依頼用にとクレアが買い出ししてきた中にあった物である。

 シャーロットが念のためにと、買い出しリストに追加していたのが功を奏したのはいいのだが、ちょっと大きすぎやしませんかね?


 幕体と呼ばれる布を広げてみた感じ、大人八人ぐらいは余裕で収容できそうなサイズだ。

 もうテント(キャンプ用)というか、天幕(グランピングに使ってそうなガチのヤツ)と称したほうがピッタリな位のサイズである。

 クレア曰く「コレ位大きなテントに憧れてたのよね」らしいが、だったら自分の金で実現してほしいものだ。


 しかも八人用だけあって、モノ自体デカい。

 マジックバッグに入っていたから良かったものの、これを背負って森の中を歩くのは大変だろう。

 あぁ、マジックバッグがあるからこそ、このサイズを選んだのか。


 まぁいい。

 大きすぎて広げるのに手間は掛かったが、あとは幕体の真ん中に柱となるポールを立てて、そこにロープをかけて倒れないようにすればいいのだ。

 最後に床用のシートを敷けば完成らしい。


 こうしてみると、テント一つとっても設営するのに手間がかかるものだ。

 いつもはバックドアで済ませているから、なおさらそう感じる。

 無くなって分かるありがたみってヤツだな。


「どうやら寝床の確保は出来たようだな」

「ちょっと時間が掛かったが、なんとかな」

「まぁ手順さえ頭に入っていれば、あとは慣れだけだ」

「そんなもんかね」


 シャーロットの巾着袋の中には、組み立て済のテントも入っている。

 いや、シャーロットの魔法があれば、土壁魔法で簡易小屋を作ることも可能だろう。


 だが今回はあえて一からテントを設営する事を選んだ。

 手間と時間はかかるが、今回の野営の目的に飛空艇の機能に頼らない事があるからな。

 飛空艇に頼らない代わりにシャーロットを頼っては、意味が無いのだ。


「寝床の方はこれでいいとして、そっちの状況はどんな感じだ?」

「順調だ。煮炊き用のカマドと火熾しは済んでいるし、あとは一角鹿の解体だけだな」


 シャーロットの視線の先には、枝に吊るされた一角鹿を解体しているアレク君達の姿があった。

 肉自体は熟成が必要で獲って直ぐは食えないが、内臓なら逆に早く食べた方がいいらしい。

 その辺はクロゲワ・ギューとかと一緒のようだ。


 それはいいのだが、お前は手伝わなくていいのか?

 あぁ、やんわりと断られた訳ね。

 まぁ向こうも息の合った三人で解体した方が気が楽だろうしな。


アレ(一角鹿)、いつの間にか回収してたんだな」

「ハマルを小さくするときに、シャワールームに吊るされたままだったのに気付いたからな。忘れないうちに回収しておいたのだ」

「おかげで今夜のメニューは、一角鹿のモツで焼肉パーティーだな」

「そうだな……」


 モツでの焼肉と聞き、クロゲワ・ギューの惨劇が思い出される。

 俺の焼肉パーティー発言に、シャーロットも同じことを思い出したようだ。


「まぁ大丈夫だろう。一角鹿自体、クロゲワ・ギューほど大きくもないし、内臓の可食部も少ない。前の時の様にはならない筈だ」

「だといいがな」


 確かに解体の様子を見る限り、食えそうな部分は少ない様だ。

 モザイク処理でも入りそうな光景の中、クレアが食えないであろう部位を穴に捨てている。

 その様子を見る限り、内臓で食える部分というのは少なそうだ。


 まぁ肉が余ったとしても氷漬けにしてしまえばいい。

 そう思えば、全部食べるきる事に集中せずに、じっくり肉を味わえるだろう。


「とりあえず、野営の準備は整ったって事でいいのかな?」

「あぁ、あとはこの結界具を起動させれば完了だ」


 そういって彼女が巾着袋から取り出したのは、見覚えのある白木の杭だ。

 この一見、何の変哲もない様に見える杭だが、これでも立派な魔道具である。


 その効果は魔物を寄せ付けない結界を作ることができ、同じものをクレアが今回の調査用として十本セットで買って来た経歴がある。

 結局、クレアが買って来た分は十本全部、村の周りに設置された筈だが、一本だけ残っていたのか?


「これは自分用に買っておいたものだ」

「用意がいい事でって、お前なら似たような事を、魔法で出来そうに見えるんだが?」

「一般的な野営をすると言っただろう? 普通はこういった結界具でするらしいからな」

「そうなのか」

「それに私が張った結界では、誰も寄ってこないだろうからな。結界具の効果を知るためにも、使っておくべきだろう」


 それって効果がない場合もあるって事だよな?

 効果を知った時は、外敵の腹の中は勘弁だぞ?


「結界が破られた場合は、音が鳴るようになってるし大丈夫だろ」

「破られた場合は、だろ? すり抜けるようなヤツだったらどうなるんだ?」

「そこは相手が一枚上手だったと諦めるしかないな」

「諦めちゃうのか……」


 どんなに高性能な結界具でも限界はある。

 それは相手の力量が上回ってしまえば、シャーロットの魔法でも同じだそうだ。

 もっとも結界具が障子紙としたら、シャーロットのは大金庫ぐらいの差はありそうだがな。

 それでも、どこぞの大怪盗のごとく、大金庫並みの結界ですら破ってくるヤツはいるというのだから、世界は広い。


「まぁ、そんなのがこの辺りに出没する筈もないだろうしな。この程度の結界具で十分だろう」


 おい、そんな事言ってフラグを立てるのはやめろ。

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