第359話 オペレーション・ピットフォール
何かがソコで動いている。
だが不思議なことに、その姿は一切見えない。
ただ滴る水だけが、その姿を朧気ながらも浮きだしている。
その異様な光景にシャーロット達地上班も迂闊に動けない様だ。
それともスカルドラゴンの時の様に、肝心な時に気絶でもしてるのか?
『ショータさん。ターゲットが落とし穴のほうに動き出したっス。このままいけばハマってくれるはずっス』
そうだった。
相手が落とし穴に落ちるまでは、地上班も待機状態なんだった。
彼女達は、予想外の方向へ逃げた場合、追いかけて落とし穴に誘導してもらう為にいるのだ。
そしてターゲットが落とし穴にハマったら俺の出番って段取りだ。
俺はアンカー機能を呼び出し、手動操作に切り替える。
すると船視点の中にターゲットスコープみたいな十文字が現れた。
これでアンカーを撃ち込む場所を決めろって事だな。
十文字の先にターゲットの姿は見えないが、滴る水と濡れた足跡でその位置を予想する。
あの歩幅なら、あと三歩といった所か。
ん? 足跡? 歩幅? スライムに足があるのか?
俺が見たSSGにはあるように見えなかったが、姿が消せるスライムともなれば足の一本や二本、オタマジャクシのごとく生えてくるのかね。
まぁいい。そんなのは仕留めた後で考えれば十分だ。
今はアンカーの照準に集中しよう。
あと二歩……あと一歩……
「KYUURUU」
落とし穴に見事ハマったターゲットは、その驚きゆえか甲高い咆哮を上げる。
いや、これはどちらかと言えば悲鳴なのかもしれない。
そもそもスライムに発声器官があるのか?
なんにせよ、これはチャンスだ。
俺は落とし穴の底でもがいているであろう見えないスライムにアンカーの照準を合わせる。
よし、ロックオンした。
後はこの射出ボタンを押せば、スカルドラゴンすら倒せた必殺のアンカーがヤツに止めを刺すだろう。
なのに、なぜ俺の指はそのボタンを押さないのだろうか?
今更、命を奪う事に躊躇したりはしない。
殺すと決めたからには、覚悟を持って殺す。
それ位の覚悟は既に出来ている。
だが本当に殺す必要があるのか? とも考えてしまう。
今回の依頼は、あくまで畑を荒らした姿なきモンスターの正体を調べる事で、討伐は絶対必要ではない。
畑を荒らされた人には申し訳ないが、人を襲わないなら見逃してもよいのではないか。
そんな思いもよぎってしまうのは、覚悟が足りていなかったのだろうか。
俺が躊躇している間に、落とし穴側でも変化が起こっていた。
落とし穴でもがいているうちに、姿を消す能力が切れたのだろう。
段々とその正体が分かって来た。
そいつはおおよそ、スライムとは言い難い、あまりにもかけ離れた姿だった。
白く透き通るような鱗に覆われた全身。
甲高い悲鳴を上げる大きな口には鋭い牙は無く、細かい歯が並んでいる。
思ったよりもつぶらだった瞳には、涙なのか若干うるんでいるようにも見える。
その瞳と船視点越しに目が合ってしまった。
体長は五メートルあるかないか程度か?
ただしその半分は長い尻尾によるものだろう。
そしてその体格を支える四肢。
ここまで姿が見えて来れば俺でも分かる。
コイツは絶対にスライムではない。
トカゲだ。
ただデカくて白いだけのトカゲだ。
もしくはイグアナ。
ソイツが穴の底でジタバタともがいている。
落ちた時仰向けになったのだろう、白く柔らかそうな腹をさらけ出したまま、なんとか這い出そうともがく白イグアナ。
だが、ちょうど穴のサイズが奴にピッタリとハマるサイズだったのだろう。
その短い四肢ではむなしく空をかくだけで、ひっくり返る事すら儘ならないようだった。
その手(?)が先ほどみた瞳と相まって、飛空艇に助けを求めているように見えてくる。
マズい……このまま見ていては、必殺の覚悟が鈍る。
俺は迷いを振り切り、ボタンを押そうとする。
その瞬間、落とし穴に向かう白銀の影が、アンカーの射線上に躍り出る!
シャーロットだ!
シャーロットが落とし穴の前で、大きく手を広げている。
その姿はまるで白イグアナをかばうかのようだ。
音声は拾えないが、何かを叫んでいるようにも見える。
それと同時に俺のボタンを押そうとした指が、腕ごと誰かに引っ張られる。
いや、誰かではない。
この船に居るのは俺を除けば、彼女しかいないのだからな。
案の定、遠話の魔道具を持ったままのシュリだった。
慌ててこちらに来たのだろう、その息はかなりあれている。
「ショータさん。作戦は中止っス」
「そうか……」
俺は安堵の息と共に、アンカーの照準を解除した。




