第355話 一角鹿
ソレに気付いたのは二度目の小休止を終え、さぁ出発と立ち上がった時だった。
「なにかが近くにいます! 皆さん気を付けてください!」
真っ先に気付いたのはアレク君。
いつもは大抵シャーロットが一番に気付くのだが、ここは彼にとってホームとも言える森。
ことこの森に限ってなのだろうが、アレク君の索敵力はシャーロットすら上回っていたらしい。
休憩していた場所は、例のモンスターが通った時に出来たであろう道から少し外れたところ。
さすがに獣道と化したルートのド真ん中で休憩する危険は犯さない。
その休憩ポイントに現れたのは、角を生やした一頭の大きな鹿だった。
角といっても奈良の公園にいるような一般的な鹿の角ではない。
まるでユニコーンのように真っ直ぐ尖った一本の角が、その額から生えていた。
「あれが一角鹿です」
「なるほど。たしかに名前の通りの一本角だな」
「気を付けてください。あの角には何人もの狩人が刺されています」
「……結構危険なんだな」
と気を引き締めて挑んでは見たが、所詮は角の生えたデカいだけの鹿。
六人――いやシャーロットは見守っていただけだから五人か――五人の数の暴力の前には無力だった。
角による突進をされる前に、全員で投げたボーラを投げる。
その足さえ封じてしまえば、あとはボコるだけの簡単なお仕事です。
戦いとは数だよ兄貴。
ただ簡単なお仕事にも、キラリと光るモノを見せるのが、いい仕事といえる。
そんな光るものを見せたのは、アレク君とシュリだった。
アレク君はその剣捌きというか踏み込みが明らかに違っていたし、シュリに至っては初級レベルのエアハンマーを使ってみせた。
その急激な上達ぶりに、シャーロットは「二人で秘密の特訓でもしたのか?」と驚いていたようだが、半分正解だろう。
もちろん急に二人が開眼した可能性もある。
アレク君が一人で素振りしているのを何度か見かけた事もある。
シュリの魔法だって、以前使ってたのを思い出しただけなのかもしれない。
だが、二人が昨日使った部屋を思い出せば、それだけじゃないだろう事は容易に想像がつく。
アレク君が使ったのは201。
この部屋にある機能は睡眠学習(戦闘)。
一昨日の夜、俺が使った機能がそのままONになっていたのだろう。
彼は夢の中で猛特訓(強制)を重ねたのだろう。
同じくシュリが使った部屋は202。
機能名は分からないが、以前使った事のあるシャーロットの話じゃ、魔法が好き放題撃てたらしい。
となれば、おそらくだが202の機能は睡眠学習(魔法)だろう。
彼女も夢の中で猛特訓(強制)をしたのだろう。
戦闘を終え、シャーロットが一角鹿を巾着袋に丸ごと放り込んでる間に聞いてみたけど、俺の予想通りだった。
「魔法をジャンジャン撃てるのは楽しかったっスけど、初めは訳も分からず混乱したっスよ」
「まぁいい練習にはなっただろ」
「それはそうっスけど……」
「ショータさんの飛空艇には変わった機能があるんですね」
「そういや別の部屋で寝た時は、変な町の中を歩いたんだって?」
「はい。見たこともない町を歩いている夢を見ました」
「多分、それも機能の一つなんだろうな」
「知らない町を歩くのも面白そうっスね」
「でも誰もボクに気付かないのは、ちょっと怖かったですよ」
「あー、確かにそれは怖そうっス」
知らない町を歩くって事は、ストリー〇ビューのVR版で合っているようだ。
ただどの町をうろつけるのかが指定できないのが残念ではある。
それともアレク君が気付かなかっただけで、歩く町を指定できたのだろうか?
答えを知るには、彼がその時使った205で寝る必要がある。
だが、今のくじ引きで部屋割りを決めている現状で、俺が205を引き当てるのは難しい。
それとも船長権限を使って205を使えばいいのか?
俺が寝室を使う為に船長権限を使うのは横暴だろうが、一般客室である205を選ぶぐらいなら権限無しでも譲ってもらえる気もする。
今夜にでも相談してみよう。
その後も追跡を続けるが、途中ミニボアとかいう豚を見かけた程度だった。
ミニの割には大型犬ぐらいありそうなサイズだったのが印象に残ったぐらい。
ソイツは俺達の姿を見ると、あっという間に森の奥に逃げて行った。
「ミニボアはすぐに逃げるので、獲るときは罠を使った方ががまだマシですね」
「あの逃げ足じゃなぁ……」
「肉自体は美味しいんですけどねぇ……」
一角鹿はその角が、ミニボアはその逃走力が。それぞれ脅威となり、中々獲ることが出来ないらしい。
ミニボアはともかく、一角鹿を一人で倒すのは大変そうである。
先程はボーラと数の暴力で倒しはしたが、俺一人でタイマンしろと言われたら、果たして勝てるだろうか?
地竜の皮鎧自体は頑丈だろうが、鎧に守られていない所に刺されば関係ない。
コッコゥの突進は防げるようにはなったが、他で通用するとは限らない。
一度はタイマンで挑んでみるべきだろうか?
「ショータ。わざわざ危険を冒す必要は無いんだぞ?」
「そうですよ。それに一角鹿なんて、普段はもっと森の奥にいるんですから。この辺じゃそうそう見かけませんよ」
「普段は、って。だったら何であの鹿はこんな所に居たんだ?」
「それは……」
「それは?」
「普段の一角鹿のナワバリに、ナニカが居座っているから、とかっスかね?」
「……その可能性は高いです」
「その場所は分かるのか?」
「……この道の先です」
「決まりだな」「決まりね」「っスね」「……」
この先にターゲットがいる。
俺達は警戒レベルをもうもう一段階引き上げるのだった。




