第352話 太陽石
「まぁ、戻れないし戻ったら死ぬような世界なんかどうでもいいっス。そんなことより、この玉の話っス」
「お前なぁ……戻れる戻れないは、結構重要な話だと思うぞ? それをそんな事扱いするなよ」
こういった異世界転移物じゃ、元の世界への帰還ってのは最終目標だったりするんだぞ?
それなのに、どうでもいい扱いするなよ。
「……まぁいい。それで、この玉と魔素に何の関係があるんだ?」
「太陽が魔素の大元だって言ったっスよね? それって魔素を生み出してるのが太陽だけだからっス」
「へぇー、とでも言えばいいのか?」
「あれ? ショータさん。ここ驚くトコっスよ?」
「確かに驚いたけど、だからどうしたって程度だな」
大体、魔素なんて、そこら中にあるんだろ?
それがどこから生み出されていようが、関係ないだろ。
「ん? でも太陽だけってことは、この星は魔素を生み出していないのか?」
「やっとソコに気付いたッスか。えぇ、その通りっス。この星自体に魔素を生み出す力は無いっス」
「え? じゃあ、魔力溜まりってのは?」
「アレは魔素が溜まりやすい場所なだけっスね。あの場所が魔素を生み出してる訳じゃ無いっス。ダンジョンも似たようなモンっスね」
魔素ってのは世界中を巡る血液のような物と考えると、魔力溜まりってのは血液の流れが鈍くなりやすい場所ってことか。
その滞った流れはやがて魔物という血栓となる。
じゃあダンジョンってのは、血栓の出来やすい場所って事か?
……違うらしい。
むしろダンジョンは溜まり過ぎた魔素を魔物という形で排出する、いわば腎臓の役割に近い機能のようだ。
って事は、ダンジョン内で現れる魔物は、この世界のションベンってことか?
不意に、愛用している皮鎧のことを思い出す。
あの鎧の元となった地竜は、町の近くのダンジョンが原生だったような。
「いやいや、オシッコってのはあくまでも例えっスよ」
「いや、でもなぁ……この皮鎧、手入れを怠ると黄色くなって劣化するって言われたんだよな……」
「だから、皮鎧が黄色くなるのとオシッコには何の関係ないっス!」
「ションベン鎧とか言われないよな?」
「大丈夫っスよ。それに不安に思うなら、手入れを忘れなければいいだけっス」
「それもそうか」
俺は皮鎧の手入れは欠かさずやろうと、固く心に誓った。
「それにダンジョンに溜まった魔素から生み出されるのは、魔物だけじゃなく宝物とかも含まれるらしいっス」
「ほー」
「そういったのまでオシッコと同じと思われると、これから先、宝物を手に入れても素直に喜べないっスよ」
「まぁ、確かにな」
それに飛空艇もダンジョンなんだよな。
ダンジョンの設備も魔素が排出されたものと考えると、お風呂の水も別のものに見えそうだ。
「……よし、この話はこれで終わり。ダンジョンはダンジョン。それでいいや」
「そうっスね……」
「で、ションベンがどうしたんだ?」
「いや、魔素の話っス。魔素は太陽からしか生み出さないって話っスよ」
「そうだったな」
魔素は太陽から生まれる。ちぃ、覚えた。
「で、ここからが本題っスけど、前に話したあたしが持ってるスキルの事は覚えてるっスよね?」
「たしか……『薬学』だっけ?」
「それは建前の方っス。本当のスキルは『薬学大全』。あらゆる薬を網羅するスキルっす」
「あぁ、そうだったそうだった」
「ではここで問題です。この世界において、薬学に含まれてたスキルがあります。それは何でしょうか?」
「いきなりクイズを出すなよ……」
「制限時間は三十秒っス……あと二十秒っスね」
「ちょ!」
えーっと、薬学だろ? それに含まれるスキルとなると……
「ヒントはファンタジーならいかにも、なスキルっす」
ファンタジー……スキル……薬学……薬。思いつくのは……
「ひょっとして錬金術?」
「ピンポーン! 正解っス。薬学大全には錬金術のレシピも含まれてるっス。というか、薬学イコール錬金術っス」
「……マジ?」
「マジっス。で、こっからが大事なことなんスが、錬金術のレシピに『太陽石』ってのがあるっス」
「太陽石……」
「たぶん、ショータさんにも分かる名前だと、『賢者の石』っスね」
それなら分かる。
錬金術を扱う話では頻繁に出てくるアイテムの事だ。
俺が知ってるだけでも、卑金属を金に変えたり不老不死の秘薬だったりする石の事だ。
そういや、どっかの魔法少年の話にも第一作辺りで出て来たな。
「この世界の『賢者の石』ってのは、魔素を自ら永久に生み出す石の事っス」
「魔素を生む石……だから太陽石か」
「その通りっス。魔素からあらゆるモノが作られ、世界は魔素によって構成されているといっても過言では無いっス。その魔素を生み出す石こそ、生命の源と言ってもいいくらいっス」
「魔素を生む……あれ? だったら魔石ってのは何なんだ? あれだって魔素の塊って聞かされたんだけど?」
「魔石は魔素を貯め込む性質を持ってるだけっス。だから使い切ればタダの石ころに戻るッス」
太陽石は生み出すが、魔石は貯め込むだけ。
魔石が使い切りの電池なら、太陽石は発電機といった所か。
いや、発電機は燃料を電気というエネルギーに変えているだけか。
完全な無からエネルギーを生み出しているなら、それ以上の代物といえよう。
エネルギー保存則はどこいった。
「その太陽石。これ位の大きさのを作るだけでも、国一つ潰してたとしても出来るかどうかって程のモノっス」
「コレ位って……スイカの種より小さいんじゃないのか?」
シュリが指でCマークを作るが、ほぼ〇に近いCだ。
うっかりクシャミでもして吹き飛ばしたら、確実に見失うレベルだな。
そんなスイカの種一粒の為に、国一つ必要なのか。
「しかも、この程度のサイズじゃ大した出力もないっスから、永久に光る魔道具が関の山っス」
「うわぁ……」
国一つ潰して得られるのが、永久に光る懐中電灯だけとか、意味分かんない。
しかも永久つったって、エネルギーが尽きないだけで、魔道具そのものはいつか壊れる訳だし。
「それで……あくまであたしの予想っスけど……あれ多分、太陽石っス」
「あれって……アレ?」
二人の視線の先には、二つのピラミッドに挟まれた赤い玉。
ちなみに直径は目測で一メートル。
このサイズを作るとなると、国何個必要なんだろう?




