第340話 トマトケチャップ
「という事でこの大量にもらったトマトを使ってケチャップを作ります」
「けちゃっぷ……ですか……」
村を巡っての物々交換により手に入れた大量のトマトの使い道だが、トマトケチャップにすることにした。
というか、それ以外の使い方が思いつかなかった、ともいう。
まさかどこぞの奇祭のようにクレアにぶつける訳にもいくまい。
「一応聞いてみるんだが、勇者のレシピにはトマトケチャップのレシピってないのか?」
「ショータさん、勇者のレシピってなんスか?」
「勇者っつーか迷い人が残したレシピらしい」
『勇者』というキーワードに反応したのか、シュリが聞いてきた。
まぁ自分の名前が冠されたレシピが存在すると知れば、気になってくるか。
シュリへの解説はシャーロットに丸投げして話を続けよう。
「けちゃっぷ……けちゃっぷ……すみません、ボクも全部のレシピを把握してるわけでは……」
「そうか……いや、あったらいいな程度だし、気にしないでくれ」
ケチャップを作ると簡単に言いはしたが、トマトを使う程度の知識しかないからな。
ヒントでもあればと聞いては見たが、空振りだったようだ。
「となると……とりあえず生のまま細かくしてみるか」
「分かりました」
アレク君がトマトをまな板で刻み始める。
俺も手伝ってみるが、なかなかどうして熟して柔らかくなったトマトを細かくするのはいい手間である。
俺は早々に手作業を放棄すると、厨房内を見回す……あった。
『MP1を消費して「機能:フードプロセッサー」を解放しますか? MP55/55』
料理をしない俺でもミキサー位は分かった。
でも、なんか名前が違うな。フードプロセッサーってなんだ? ミキサーとは違うのか?
まぁみた感じ、ミキサーと大して変わらんだろ。
気にせずポイポイと、トマトを容器に放り込んでいく。
「ショータさん、それは?」
「ミキサー……いやフードプロセッサーってヤツだ。こうして容器に刻みたいものを入れてフタをする。で、……スイッチはどこだ?」
「なんか光ってますし、これじゃないですか? ……あっ!?」
厨房の主であるアレク君にかかれば、スイッチの場所すら即分かったようだ。
それはいいのだが、そのまま押すのは止めて欲しかった。
俺もスイッチの場所を探すために、フタから手を放してたのだから。
パーーンだった。
アレク君がスイッチを押した途端、抑えの無い蓋がパーーンと弾けたのだ。
辺り一面真っ赤となった。
大惨事である。
あまりの大惨事っぷりに二人して呆けていると、シュリへの説明の為、厨房から出ていたシャーロットが慌てて戻って来た。
「どうした! 何が起きたんだ! ……!! ショータ!! しっかりしろ! 傷は……傷はどこだ!?」
「んぁ? あぁ……シャーロットか。大丈夫。大した事じゃない」
「そんな血塗れの何処が『大した事じゃない』だ! そうか、あまりの出血で頭がおかしくなってるのだな?! 大丈夫だ。すぐに治してやる」
頭がおかしいとか言うなや。
混乱するシャーロットにチョップをくれる。
が、そのチョップを錯乱した俺が攻撃してきたと勘違いしたようで、ヒラリと躱しやがった。
彼女の混乱を収めるために放たれるチョップと、錯乱してると思われ躱すシャーロット。
互いが互いを思いやりながらも、すれ違う二人。
字面的には戦記物で悲劇になる感じだが、絵面的にはチョップが躱されているだけである。
「師匠! ショータさんもボクも怪我はしていません。ちょっとトマトが爆発しただけなんです」
そこへ天の助けが。
その声でようやく事情を理解したのか、彼女の動きが止まった。
すかさず炸裂する俺のチョップ。
よくよく考えたら、喰らわす意味があったのかは謎である。
☆ ★ ☆ ★ ☆
厨房全面が血塗れ、じゃなくてトマト塗れになっていたのだが、いつの間にかキレイになっていた。
ダンジョン検定一級ぐらい持ってそうなシャーロットの話じゃ、ダンジョンなら普通の事らしい。
埃や血糊、その他の汚れもダンジョンが吸収してしまうそうだ。
それを利用して、洞窟や城塞などがダンジョン化しているかを判断している、とも教えてくれた。
あれ? 魔物がどうとかはって聞いた覚えがあったけど、アレはデマか?
いや、それも合ってはいるが、魔物に遭遇してからよりも早くダンジョンだと分かった方がいいだろう、だってさ。
飛空艇がダンジョンになってたお陰で厨房のトマト塗れは解消された。
俺とアレク君が真っ赤なままだったが、それもシャーロットの魔法でキレイになった。
借家の掃除の時といい今回といい、彼女の洗浄魔法には世話になりっぱなしである。
この恩義にはトマトを使った新メニューで報いたいと思う。
そのためにも、このトマトケチャップを完成させないとな。
先程の失敗を反省し、今度はちゃんとフタを抑えてからトマトをミキサーにかける。
ギュィーンと小気味いい音を立てながら、トマトがミンチ、更に液状になっていく。
これでようやく第一段階といった所か。
ミキサーからドロドロとなったトマトを取り出す。
試しに少しだけ飲んでみたけど、タダのトマトジュースだった。
アレク君も飲みたそうなので、彼にも試飲させてあげた。
今までもトマトは食べていたが、こうしてジュース状にまではしたことが無かったようだ。
普通に丸かじりするよりもずっと口当たりが滑らかになったらしい。




