第332話 カレーライス
懐かしい香りがする。
これは子供の頃に食べたカレーライスの匂い。
この匂いは確か姉の得意料理だった筈だが、あれはレトルトだったのか。
そんな姉の秘密に気付きつつ、目が覚める。
どうやらコタツで寝かされていたようで、コタツの上には案の定カレーライスが用意されていた。
俺は起き上がると胡坐をかく。
あれ? このコタツ、掘り炬燵になってた筈だよな?
なんで元の状態に戻ってるんだ?
「お? ショータが起きたようだぞ。シュリ、コタツを切り替えてくれ」
「了解っス~」
シュリがコタツの中に手を突っ込むと、途端にコタツの中の床部分が消失した。
たぶん、ノーマルコタツから掘り炬燵モードに切り替わったのだろう。
それはいいのだが、現在俺は胡坐をかいている。
その状態で組んだ足の下の部分が無くなったらどうなるか。
当然前のめりにバランスを崩すことになる。
その先にはカレーライス。
このままでは顔がカレー塗れになってしまう。
咄嗟にバンと天板に手を付き何とか回避。
間一髪セルフパイ(カレー)投げを免れる。
ホッとしたその顔のままシュリを睨みつけた。
「わ、ワザとじゃ無いっスよ? ふかこーりょくっス」
……そうだな。俺が勝手に胡坐をかいてたのが悪い……訳ないだろ!
だったらお前らだって俺みたいになってた筈だし。
「あたしらは足伸ばしてたっスから」
「……」
だったら俺にも教えてくれよ……まぁいい、悲劇は回避されたし、水に流そう。
それよりもカレーライスだ。
俺が意識を失っている間に彼女達で用意した様だ。
ただ少々気になるのは、ごはんパックに直接ルーをかけたことか。
様式美に拘るなら、皿に盛って欲しかった。
「洗い物が増えるだけだし、面倒じゃ無いっスか」
「たった三枚の皿を洗うだけなのに、その手間すら惜しむのか……」
コイツならインスタントラーメンを鍋から食べてそうである。
おそらくだが、彼女にフランス料理を作らせたら、コースメニューを一皿に盛り付ける気がする。
「そんな事より、早く食べないと冷めるっスよ?」
「あぁ、そうだな」
一応提供元である俺に気を遣っててくれたのか、彼女達もまだ手を付けていない。
これは俺が食べる迄、待つつもりなのだろう。
決して俺を毒見係にするつもりでは無い……筈だ。
待たせるのもなんだし、サッサと食う事にする。
そういえば久しぶりのカレーだな。
向こうの世界でもしばらく食ってなかった。
早速一口。
……うん、香りで分かってたけど、いつものヤツだった。
メチャクチャうまい訳でもなく、どこか懐かしい感じのする味。
失ってしまった家族との絆を感じさせる、そんな味だった。
「ショータ……シュリ……二人共顔が酷いぞ……」
「「えっ?」」
シャーロットがカレーを頬張ろうとしたその手を止め、俺達にハンカチを差し出して来た。
見ればシュリは涙を流していた。
そして、俺も……
俺はともかく、シュリまで泣いているのは、やはり彼女も家族との思い出にカレーがあったのだろうか。
「いやーなんでなんスかね~。ウチのカレーはもっと辛かった筈っスから、家族との思い出とは関係ない筈なのに……」
「カレーが目に染みただけだったりしてな」
「あるいは、あまりの美味さに歓喜の涙を流したって事っスかね……シャーロットさんみたいに」
「どうだろうな……まぁ彼女にも受け入れられたから、いいんじゃないのか」
「それもそうっスね」
俺達にハンカチを貸したシャーロットは、その後一心不乱にカレーを貪っている。
わき目もふらずにカレーライスを平らげるさまは、まさしく「貪る」という表現が正しく思えてくる。
俺には辛くて勝手に涙が出て来てるだけに見えるが、シュリには歓喜の涙に見えるようだ。
「おっと、マズいっス。シャーロットさんが食べきりそうっス」
「俺達の分までよこせ、とか言われないうちに食べよう」
「そうっスね」
シャーロットの監視があったせいか、懐かしいカレーの味をじっくり味わう余裕は無かった。
シュリに至っては、そのプレッシャーに負けたのか、シャーロットに半分渡していた。
「良かったのか?」
「まぁ、あたしにはコレがあるっスからね」
そう言ってシュリが取り出したのはカップ麺だった。
お前、いくら胸から育つからって、食い過ぎじゃね?
そう注意したかったが、夜中のカップ麺の魅力に負け、つい一口頂いてしまった俺にその権利は無かった。
急遽開催された夜食会も終了し、お腹一杯ともなれば後は寝るだけである。
ここで問題となるのは部屋割りだろう。
今までは俺(とシャーロット)が寝室のベッドを使っていたが、シュリが加わった以上、それも見直す必要がある。
とはいえ、俺も鬼ではない。
彼女達さえよければ、一緒に寝ることも吝かではないのだ。
だが、それを露骨に要求すれば、逆効果になる事は火を見るよりも明らかだろう。
だからこそのコレだ。
「クジ引きっスか……」
「あぁ、二本の棒にはそれぞれ『寝室』『居室or客間』が書かれている。それを各人が引いて部屋を決める、ってのはどうだ?」
『客間』ってのは村長の家から宛がわれた部屋の事だ。
まぁクレアがいるし使わなくても大丈夫だろうが、一応入れておく。
とはいえ、あの客間を使うぐらいなら居室に泊まるけどな。
「うーん……シャーロットさんはどうするっスか?」
「私の引きの強さなら関係ないな」
「それ、フラグってヤツっスよ……」
俺とシャーロットがクジを引くことにしたので、シュリも折れたようだ。
俺の抱えるクジを引く。
シュリ……寝室
シャーロット……寝室
俺……居室or客間
「じゃあ、そう言う事だからな」
「お休みっス~」
「あぁ……」
寝室には目印の細工までしたのになぜだ!!
19/01/23
そんな姉の秘密を知りながら目が覚める。
そんな姉の秘密に気付きつつ、目が覚める。
表現ってのは難しいね。




