第304話 設備登録
シャーロットはタマゴノキの枝を挿した植木鉢を、船首像よろしく展望デッキの先端に置いた。
彼女の話じゃ、ここが一番魔素が濃いからだという。
なぜ魔素の濃さが挿し木の成否にかかわるのかは謎だが、対案がない以上俺は黙ってみているしかない。
見ているしかないのだが、気になるものは気になるので聞いてみる。
聞くだけならタダだしな。
「なぁ、魔素が濃いと何か影響があるのか?」
「あぁ勿論だ。前に薬草をダンジョンで育てた話しただろう?」
「えーっと……あれは……たしか……………」
「……ショータ。忘れたなら忘れたと素直に言った方がいいぞ?」
忘れたわけじゃ無いんだよ。
なんとなくそんな話を聞いたなぁって記憶はあるんだけど、それがいつだったかが思い出せないんだ。
こう……喉元までは出かかってるんだけど。
「……スマン。何となくは覚えてるんだが」
「まぁいい。あれは薬草採取の依頼を初めてやった時のことだ」
「初めて……あっ! トロールと遭遇した時の事か!」
「そうだ。あの時、群生地へ向かう道中で話しただろう」
そうだった……それを聞いて飛空艇で薬草ウハウハ作戦を断念したんだった。
というか一週間以上前の話なのによく覚えてるな。
とてもじゃないが五百歳越えとは思えない。
いや、それ位長寿になると一週間程度は昨日とか数分前位の感覚なのか?
「ダンジョンで植物を育成しようとすると魔物化するからな。それを逆手に取ってみようとしてるのだ」
「なるほどな……でも、それって大丈夫なのか?」
「……多分な」
多分かよ! そこは気休めでも大丈夫だと言って欲しかった。
「まぁ植木鉢の大きさもそれほどでもないし、そう大きくはならないだろう。それにタマゴノキとして成長すれば、いつでもタマゴが手に入るしな」
「……それはいいな」
タマゴは栄養豊富らしいからな。
それがいつでも手に入るのは正直助かる。
というか、タマゴがあればプリンもマヨネーズも作り放題だ。
あ、カツ丼(卵とじ)も作れるな。
「そのためにも、コイツには頑張って貰わないとな」
植木鉢にズブッと挿された枝を、肩を叩く代わりにつついてみる。
その光景に嫉妬したのか、タンポポが割り込んできた。
ハイハイ、お前にも頑張ってもらうよと、タンポポもつつく。
つつかれたタンポポはそのままタマゴノキにめり込んでしまう。
あれ? 枝だけの状態とはいえ、トレントにめり込んで大丈夫なのか?
『MP10を消費し「タマゴノキ」を設備登録しますか? MP55/55』
……? タンポポが出てくる代わりになんか出た。
出たはいいが、設備登録って何よ?
「なぁ……設備登録って、どういう意味だか分かるか?」
「……?」
「なんかタマゴノキを設備登録できるって出た」
思わずシャーロットに聞いてしまったが、案の定お前は何を言っているのだ? って顔をされた。
俺も自分で言ってて何を言ってるのか分かんないしな。
「……単純に考えれば、ソイツを設備に登録できるのだろう」
「だよな……え? 出来るの?」
「出来るから、登録するか聞かれてるのではないのか?」
「でも、タンポポがめり込んでるんだよ? タンポポごと取り込まれたりしないよな?」
「それはないから安心しろ。ガイドフェアリーはダンジョンコアの代わりだからな。その程度でどうにかなる存在ではない」
「そうなのか」
タンポポがいなくならないなら安心か。
とはいえ朝からMP10はなぁ……それに設備に登録できるって事は、逆に言えば飛空艇から持ち出すことが出来なくなるって事だよな?
飛空艇の設備である冷蔵庫やコタツ、マッサージチェア等は持ち出し不可だったし。
となると、仮に飛空艇内でタマゴノキが育ったとしても、ガロンさんにその姿を見せることが出来ない。
それともガロンさんにもバラしてしまうか?
どうせガロンさんには俺が迷い人だとバレている。
そのうえで飛空艇の事がバレたとしても、大して変わらんよな。
……悩ましい。
正直、ガロンさんはシャーロットの次ぐらいに信用している。
もしガロンさんが俺に害をなす気なら、俺が米と醤油を出した時点でやっていただろう。
あるいは俺が偶々持っていただけなのかを見極めている最中とか?
分からない……分からない時は誰かに相談するに限る。
幸い、俺は一人じゃないしな。
「シャロ……仮にタマゴノキを設備にしたとして、それをガロンさんに見せられると思うか?」
「……そうか。設備になってしまえば飛空艇からは持ち出せないのだったな」
シャーロットにはマッサージチェアを持ち出せるか、検証に付き合ってもらったからな。
俺の意図するところも察してくれたのだろう。
「……私個人としてはガロン殿、いやこの一家は大丈夫だと思う。よい宿の主人というのは客の情報は漏らさないものだしな」
「そうか……なら――」
「あくまでも、私個人としては、だ。所詮私が出来るのは助言だけで、最終的に決めるのはお前自身だ」
「……そう……だな」
これは甘えだな。
俺は相談するといって、結局シャーロットにその判断を委ねようとしてしまった。
自分のスキル、そして自分自身を決めるのは自分だけだ。
自身で選択しなくちゃ、俺の人生じゃなくて誰かの人生になってしまうからな。
そう思い至り、俺が出した結論は――




