第295話 バーベキュー
「戻りましたーって誰もいない?」
「変ね? 夕食時なら食堂に誰かしらいると思うけど」
宿に戻ったが食堂には誰もいない。
まさか集団失踪?
と思ったら、マロンちゃんが裏庭に続くドアから現れた。
「あ、お兄ちゃんだ。おかえりー」
「マロンちゃん、ただいま。皆の姿がないけど、どうしたの?」
「今日の夕食は、お庭でバーベキューだって。もうはじめているよ」
「「バーベキュー?」」
クレアと顔を見合わせる。
お互いの頭に浮かんだのは、先日のホルモン祭りだろう。
あの惨劇が繰り返されるのか?
マロンちゃんに問い質すよりも、実際見に行ったほうが早い。
三人で裏庭に向かうと、既にバーベキューは始まっていた。
ガロンさん、クォートさんの二人が鉄板の前に陣取っており、そのサポートであろうアレク君が忙しく動いている。
テーブルにはシャーロットにベル、マデリーネさん、パインさんと前回の面々が顔をそろえており、焼けた肉に舌鼓をうっている。
ただ、なぜかフランさんマルクさんの武器屋夫妻までいる。
なんでこの二人まで? とは思いつつも二人に挨拶する。
「おっ? その様子じゃ何で僕達がいるのか気になってる様子だね?」
「えぇ……まぁ……」
顔に出てたのか、マルクさんが聞いてきた。
「まぁちょっとした御縁ってヤツだよ。たまたまガロンさんの包丁砥ぎの依頼があったんだ。その時に今日の事も教えてもらったって訳さ」
「そうなんですか」
思ったよりも世間は狭かった様だ。
いや本職の料理人であるガロンさんといえど、包丁の本格的なメンテナンスは鍛冶屋任せになる。
それに町に鍛冶屋が何軒もある訳でもないし、フランさんの腕前なら彼女の所に包丁を預けるのは必然的なのかね。
「あとは、なんか面白いエールの飲み方をしてるって聞いてね」
「……そうなんですか」
そう言って氷ジョッキを掲げて見せるマルクさん。
変わった飲み方に食いつく辺り、流石ドワーフといった所か。
その隣で、フランさんは黙々と氷ジョッキのエールを飲んでいる。
どうやら彼女は静かに飲む派のようだ。
騒がしく無くて助かると思ったのは内緒だ。
「おう、戻ったみたいだな……って、なんだメルタまで来たのか。まぁいい。今更一人増えたところで大して変わらんしな」
「……え?」
ガロンさんの言葉に「何をバカな」と背後を確認すれば、先程ギルドで別れたはずのメルタさんがそこに居た。
全く気配を感じなかった。
思わず二度見してしまった俺は悪くない。
更にビックリして飛び上がったとしても、致し方ない事である。
「ぅえ? なんでメルタさんが、ここに居るんですか?」
「クロゲワ・ギューの熟成がそろそろなのを思い出しましてね。思った通りでした」
「そ、そうですか」
「ホルモンの時には一皿しか食べられませんでしたからね。今回は間に合って良かったです」
「……前回も来てたんですか」
まぁ結構な客が来てたからな。
その中にメルタさんが混じってたのに気付かなくても仕方ないだろう。
メルタさんは、さも初めから招待されてましたと言わんばかりに、空いていたマデリーネさんの隣に座る。
その席ってガロンさん用として空けてたんだと思うんだけど……まぁどうでもいいな。
俺は俺でシャーロットの隣が空いていたので、そこに座ることにした。
というか、クレアも既に座っていたため、その席しか残っていなかったともいう。
肉は次々と焼かれ、どんどん盛られていく。
その供給に負けじと、モリモリ胃袋に消えていく。
その回転の速さに、落ち着いて味わっているヒマすらない。
いや、明らかに美味いのは分かっている。
肉の脂は美味いし、柔らかさも最高だ。
分かってはいるが、もうちょっとジックリ味わいたい。
部位ごとの味わいとか食べ比べたいじゃん。
カルビやロースはなんとなくわかる。
それ以外にもサブトンだイチボだミスジだと、焼き肉屋で聞いたことのある希少部位とやらまでドンドン焼かれてくる。
十年に一頭の幻の牛の希少部位。
そんなレアリティを文字通り噛みしめて味わいたいのだ。
かといって落ち着いて食べようとすると、横から掻っ攫う奴がいるのだ。
となれば、とにかく口に入れるしかない。
幸いというかなんというか、焼き肉のタレは完成していた。
トンカツソースをヒントに、醤油ベースのタレをガロンさんは用意してくれた。
勿論、焼き肉のタレ以外にも、塩やゴマ油ベースのタレもちゃんとある。
これなら飽きることは無いだろう。
それに前回と違い。肉の量はそれほど多くない。
すぐに食べきらなくてはならない内臓と違い、保存が効く部位だからだ。
残るにしろ足りないにしろ、無駄になる事はない。
実際、宿の保存庫にはまだまだ大量の肉が熟成中であり、その大半は後日屋台で供される予定だ。
まぁ隣の二人はそんなの関係ないとばかりにモリモリ食ってるけどな。
俺も負けじと頑張るとしよう。




