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第287話 とある遡上士の独白

過去話一

 わたしの名前はシャーロット。

 自慢する訳じゃないが、この国で一番の遡上士だ……った。

 遡上士っていうのは川下の船を川上に、魔法を使って遡上させる仕事をする人の事だ。

 国一番のわたしともなれば、落差三メートルの滝だって、船を遡上させることも出来る程だ。


 だった、というのは、現在は違う仕事に就いてしまったからだ。

 その仕事とは魔王軍の四天王。

 そう聞くと物々しく感じるだろうが、要は軍属の幹部の一人に抜擢されたって事だ。


 国一番とはいえ一介の遡上士風情が、急に軍の幹部になれたのには当然理由が有る。

 戦争だ。

 なんでも人族の国から勇者とやらが軍を率いて攻めてくるらしい。


 人族の国と魔王国の間にはトナニア海峡があるけど、わざわざ海峡を越えて攻めてくると言う。

 正直どうでもいい。

 どうでもいいのだが、国にからの要請という名の命令があった以上、わたしには従う以外ない。


 なんでも、わたしがこの戦争の要になるそうだ。

 チラッと聞いた話では、わたしの遡上魔法を強化して攻めてきた船を対岸へ送り返すそうだ。

 要請に応じた時、大型船も動かせるか試されたのは、その為の確認だったようだ。


 勲章をジャラジャラ付けてた人が「これなら奴らが来ても安心だ」と言っていた。

 確かにあとニ~三隻ぐらいは余裕だが、追い返すだけだし再び来られたらどうするつもりなのだろう。

 まぁ、その人は「その為の秘策は既に用意してある」と言ってるし、わたしはわたしの仕事をすればいいか。




 いよいよその日になった。

 水平線の先には何十隻もの船がわたし達に向かってきている。


「いよいよだな。まぁアンタの護衛はオレ達に任せときな」

「はい、よろしくおねがいします」


 緊張するわたしを励ますかのように話しかけてくれたのはパイモンさんだ。

 わたしを含め四天王全てがこの船に集結しているのは、作戦の要であるわたしの護衛の為だ。

 更にわたしの補助として二十四人の魔法部隊が待機している。


 別の船には同じ四天王であるセーレさん、ハルファスさんが乗っている。

 ハルファスさんは秘策とやらの要となり、セーレさんがその護衛だ。

 あ、セーレさんが手を振ってくれている。

 わたしも手を振り返すと、親指を立ててくれた。

 あれは「がんばってね」のサインだ。


 むんっと気合を入れ直し、向こうの船を見据える。

 船団の中心には一際大きい船がある。

 きっとあの船に勇者とやらが乗っているのだろう。


 次第に船同士が近づき、魔法が飛び交い始めた。

 人族の国との戦争はずっと続いているが、地方の都市で育ったわたしには縁遠い話だった。

 けれどもモンスターが跋扈するこの世界では、戦闘行為自体は珍しい事ではない。

 一介の遡上士といえど、遡上中に現れるモンスターは何度も倒してきた。

 だから大丈夫だと思っていた。


 間違いだった。

 モンスターとの戦いと戦争は全く違う。

 魔法やスキルが飛び交い、あちこちで悲鳴が上がる。


 幸いこの船はパイモンさんが守ってくれているせいか、今の所無傷だ。

 でも、代わりに周りの船はボロボロになってきている。

 多分だけど、わたし達の身代わりになってくれているんだ。


 隣の船から火の手が上がる。

 慌てて消火してはいるが、あれではこちらの護衛までは手が回らない。

 わたし達四天王が乗る二隻の船を守る護衛船はあと三隻しかいない。

 初めは五隻もいたのに……


 不安にかられ、早く秘策とやらを始めなさいよ、と心の中で毒づく。

 そんなわたしの願いが通じたのか、セーレさんから合図が上がる。

 あれは向こうの準備が完了した合図だ。


 すぐにわたし達も準備を始める。

 既に護衛兼補助の人達は魔力を貯め始めている。

 勿論わたしもだ。


 遡上魔法の詠唱は単純で、秘策が実行されてからでも十分間に合う。

 護衛部隊の中心で、ジッとその時を待つ。




 始まった!

 ハルファスさんが大きく叫ぶと、向こうの大きな船で騒ぎが起きた。

 ここからでは声は聞こえないが、かなり慌てているようだ。


 その騒ぎの中心目掛け、ここまで温存しておいたグリフォン部隊が投入される。

 それまで雲の中に隠れジッと息をひそめていた彼らは、一斉にその船に襲い掛かり蹂躙していく。

 あ、何かキラキラした石を抱えて離脱してきた。


「あれが勇者を封印した水晶だ。あれを手に入れれば奴らは旗印を失う。それで戦争は終わる」

「そうなんですか?!」


 良く分からないが、あれはとても大事なモノらしい。


「あぁ、あとはお前の魔法で押し返すだけだ。しっかりやれよ!」

「はい!」


 そうだった。

 勇者を失った船団を、わたしの魔法で押し返すんだった。

 慌てて、でも落ち着いて詠唱を始める。


 あれ?

 あのグリフォン、ちょっとヨタヨタし過ぎてない?

 あれじゃ、すぐに落ちそうな……


 あ、マズイ。

 あのグリフォン、一瞬意識を失ったみたいでグラっと姿勢を崩した。

 騎手の人がなんとか立て直したけど、その時水晶?を落としてしまったのだ。


 わたしの頭の中でパイモンさんの言葉が蘇る。

 あれは落としてはマズイ。

 慌てる頭の中、わたしは遡上魔法を中断すると、代わりに土筍の魔法を唱えた。


 土筍の魔法は文字通りタケノコみたいな土壁を産み出す魔法だ。

 海底から生やす必要があるけど、これ以外にあの水晶を回収する方法は思いつかない。

 わたしの魔法で現れた土筍はみるみる成長していく。


 あれ? やけに大きくない?

 慌てて魔法をとめるけど、成長は止まらない。


 嫌な予感が背筋を走る。

 ふと、足元の魔法陣の効果を説明してもらった時の事を思い出す。

 この魔法陣は、補助の人達の魔力を吸収しやすくするための魔法陣だ。

 どうやらそれが、今は周囲の魔力を吸収しているようだ。


 マズイマズイマズイ。

 魔法は止まらない。

 どんどん成長していく。


 周りも気が付いているが、動きの取れない船上ではどうにもならない。

 海水は成長し続ける土筍によって押しのけられ、海は荒れ狂う。

 こうなってはわたしも船にしがみつき、落ちないようにするので手一杯だ。


 先程とは別の悲鳴が飛び交う。

 目をつぶり、必死に身を守る。

 急にフワッとした感触に包まれる。

 きっと誰かが守ってくれたんだ。


 ………そこでわたしの意識は途絶えた。






 ――――目が覚めたら、私は魔王になっていた。

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