第269話 落とし物(人)
俺の脳裏に、今朝のステータスにあった『落とし物に注意』が蘇る。
あれは財布などではなく、アレク君達の事だったのか。
もっと分かり易いお告げにしてもらいたいものだ。
いや、違う。お告げなんか関係ない。
むしろお告げのせいになんかしてはいけない。
これは俺の怠慢が招いた事故だ。
なぜなら、飛空艇にはそのための対策は用意されていたのだから。
『MP2を消費し「機能:緊急救命球」を解放しますか? MP50/55』
三人が展望デッキから振り落とされた事を知り、真っ先に思い立ったのが落下対策だ。
様々なトンデモ機能が用意されている飛空艇なら、この手の機能だって在って当然なのだ。
そして空を飛ぶなら、必ず落ちることは想定していなくてはならない。
落ちる筈がない、振り落とされるはずがない。
そんなことはあり得ないのだ。
悔やんでも悔やみきれない。
俺が彼らを連れて来たせいで……。
俺がこんなスキルを選んだばかりに……。
そんな後悔ばかりが、頭の中をグルグルする。
視界がぼやける。
泣いてはいけない。
泣いていいのは、彼らの家族だけだ。
俺に泣く資格などない。
ぼやけた視界には、未だウィンドウが居座っている。
なんでもっと早くに出さなかったのか……。
そんな機能があるなら、サッサと出せよと、ダンデれもん様を恨みたくなる。
違う。そんなことはお門違いだ。
ダンデれもん様はきっと冷ややかな目で、俺の浅はかなパイロット気分を眺めていたのだろう。
何が「船長ってのは乗客乗員全員を守らなくてはならない」だ。
そんな事をほざく前に、お前はこんな事ぐらい想定しておけと。
そう言いたかったに違いない。
例えこの機能を解放したとしても、失った三人は帰ってこない。
だが、同じ過ちを繰り返してもいけない。
慙愧の念に堪えながらYESボタンを押す。
いつものムニョっとした感触だったが、俺はコレを一生忘れてはいけない。
そう決意し、顔を上げる。
ぼやけた視界に金色の人影が映る。
シャーロットか? いや、それとも……
「どうしたのよ? ただでさえオカシイ顔が、余計おかしなことになってるわよ」
「ショータさん、大丈夫ですか?」
「 」
これは夢か幻か?
それともご都合主義な安っぽい物語でも見ているのか?
だが、何でもいい。
もう一度会えた三人を抱きしめ――
「なに急に抱き着こうとしてるのよ!!」
――る前に、殴られました。
「なるひょど……丁度その時は、見張り台に居て難を逃れたと……」
「そうなんです。ベルが見張り台の方がいいよ、と提案してくれたので移動していたんですよ」
「………」
クレアに殴られた頬を抑えながら、彼らが無事だった理由を聞く。
当初は師匠に言われた通り、展望デッキで塩洲を探していたのだが、飛空艇があっちに行ったりこっちに行ったりするので、その都度振り回されていた。
これは万が一があり得る、と判断したクレアはとりあえずロープで身体を固定することを提案する。
それに対しベルが出した提案が、見張り台で探索する案だった。
見張り台に行きたがらないクレアと、行こうとするベル。
結局アレク君がベル側に付いたことで、見張り台に行くことが決定されたそうだ。
ちなみに三人パーティーの彼らの場合、揉めた時は多数決での取り決めらしい。
大抵はアレク君とクレアで意見が割れ、ベルは同性ゆえかそれまでの力関係か、とにかくクレアに従う場合が多いようだ……アレク君憐れ。
まぁ、ベルがついた方の案で難を逃れた事が多く、彼女の野生の勘(?)はパーティー内でも一目置かれているようだけどな。
そして今回も、その野生の勘で落下事故を回避できたってことか。
ついでにもう一つ分かった事がある。
飛空艇に備わっている風防障壁だが、その効果は単に風を防ぐだけでなく、中からの落下物も防止する障壁らしい。
これがあれば、多少振り回されたとしても落ちる心配はないらしい。実にファンタジーな落下対策である。
なお一般的な飛空艇にも、似たような効果のある『風除けの結界』が備え付けられているのだと、シャーロットがドヤ顔で解説してくれた。
そしてその風防障壁の効果を知っているシャーロットは特に慌てることもなく、俺が呆然としている間に三人の居場所を船視点で確認し、見張り台に居た三人を呼び戻したらしい。
ドヤ顔からフフン顔に切り替わったシャーロットが、腕を組みつつ偉そうに解説してくれた。
両腕に乗る褐色スライムに気を取られてて、碌に聞いてないけどな。
俺の後悔を返して欲し……いや、返さなくてもいいな。
今回はベルの野生の勘で偶々回避できたが、いつかは起きる事故だったのだ。
その対策が取れた事に比べれば、俺の後悔なんかへのツッパリにもならないしな。
「ところで、なんで急に船が動いたの?」
「そうだ。何かを避けるかのように舵が切れたが、アレは何なのだ?」
「あぁ、それは多分……」




