第260話 護送
メルタさんの立て籠もった部屋は、ベッドと少々の家具がある程度の部屋だった。
というか、この宿にトイレは一つしかなく、男女の区分けすらない。
当然彼女の立て籠もった部屋にもトイレなんてついていない。
もしも本気で立て籠もる気ならば、昨日のタマちゃんよろしくジョバーっとやっていただろうが、そこまでの覚悟は無かった様だ。
いや、成人女性のお漏らしに興味なんて無いよ?
そこまで俺の業は深くない。
漏らすのを我慢しているメルタさんの顔は、そそるものがあったけどな。
とにかく、突如勃発した天の岩戸事件は、メルタさんの投降により終息した。
尚、今度はトイレに立て篭もるかと予想されていたメルタさんだったが、マデリーネさんが付き添う事で、問題は回避された。
トイレから出て来た時のメルタさんはとても憔悴しており、二度とこのような真似をしない事が窺えた。
そりゃぁ大人になってから他人に排泄を監視されるのは嫌だよね。
ドーピング検査なんか、これの比じゃないらしいけど。
「じゃあ、行ってきます」
「あぁ、気を付けてな。それと……」
「えぇ。メルタさんはギルドまでちゃんと連れて行きます」
「頼んだぞ」
ガロンさん達に見送られ宿を出立する。
先ずはメルタさんをギルドに送り届けるのだ。
いつも使っている北門とは方向が逆になるが、彼女が逃亡する可能性がある以上仕方ない。
メルタさんを中心に、2・1・3のフォーメーションで通りを歩く。
一見すると要人護衛のようであり、一応その訓練も兼ねているが、実態は只の護送である。
あ、護衛も護送も似たようなものか……まぁいいか、大して変わらんし。
それに、よく見ればメルタさんからはシッポ、もとい腰ひもが巻かれており、その先はシャーロットが握っている。
もちろんこの腰ひもはアクセサリーでも何でもなく、ただの逃走防止用の腰ひもである。
扱いが完全に容疑者のソレだが仕方が無い。
今朝の一件で俺の中でのメルタさんの株はストップ安状態だ。
そんな腰ひもを付けたまま通りを歩くメルタさんはキリっとして歩いている。
だが、騙されてはいけない。
あの駄々っ子状態のメルタさんが本当の姿であり、この状態は対外用の猫かぶりモードでしかない。
実家にいた頃の姉がこんな感じだったからな。
もう騙されないぜ。
「本当の姿を知られてしまった以上、ショータさんに永久就職するしか……」
いや、男は黙って騙される生き物なんだ。
だから、いつまでもキリッとしたままの状態でいて下さい。
「仕方ないですね。では、先程の醜態は無かったということで、この腰ひもを解いてもらえますか?」
「いや、それとこれとは別なんで無理です」
自身の結婚と引き換えにする要求じゃない気がする。
もしかして、ガロンさん達のラブラブっぷりに当てられて、急に結婚願望が湧きでもしたのだろうか。
いや、ひょっとしたら若かりし頃のガロンさんって、メルタさんにもイケメン行動してたようだから、憧れが再燃したとか?
かといって既婚者となったガロンさんに思いをぶつけることが出来ない彼女は、偶然近くにいたイケメン(自称)の俺に惚れてしまったとか?
「いや、それはないですね」
「うむ、流石にないな」
「ある訳ないでしょ」
「………」
「ショータさん……」
相変わらずのフルボッコだ。
どうやらいつの間にか口にしていたようだ。
……聞かなかったことにしてもらえない? ダメ? あ、そう……。
みんなからの憐みの眼差しが突き刺さる。
非常に居た堪れなくなった俺は、自然と早足になってしまう。
「ショータ。隊列を崩すな。サッサと定位置に戻れ」
シャーロットからの指示が飛ぶ。
そうだ、一応護衛の訓練中だった。
スゴスゴと戻るが、五人からの憐憫の眼差しは無くならない。
メルタさんの腰ひも付きもアレだろうが、これじゃ針の筵だ。
もしかして、この状態でギルドまで行くのか?
……ギルドまでこの状態でした。
シャーロットなんて、憐憫どころかニヤニヤだった。
周りの目が無ければチョップしてやりたい。
とりあえずギルドの職員にメルタさんを引き渡す。
重役出勤な彼女ではあったが、特に小言を言われることもなく引き取られていった。
むしろ何で腰ひもを? と首を傾げられたほどだ。
「今日は遅番なので、お昼過ぎの出勤でも十分間に合ったんですけどね」
「…………」×5
最後にボソッと告げられた真実に、俺達は言葉を失うのだった。




