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第259話 天の岩戸の弱点

「飯の用意が出来たのに、いつまでも来ないと思ったら……こんな所で騒いでたのか」


 ガロンさんが呆れた様子で登場した。

 そうだ。踊り子作戦は挫折したが、まだ兵糧攻めが残っていた。

 今朝から籠城を始めたという事は、朝食は摂っていない訳だから、きっとお腹が空いている事だろう。

 そんな空きっ腹なら、ガロンさんの美味しい朝食の前にすれば、メルタさんの籠城も直ぐに終了するに違いない。


 早速ガロンさんに、今日の朝食を持って来てもらう。

 ただ、さすがのガロンさんの料理でも、匂いだけでは立て籠もったメルタさんを、おびき出すことは難しい。

 しかし、この場で俺達が食べ始めれば、その様子を見ようとドアを開ける筈だ。


 名付けて『天の岩戸 ~こっちのお口(ドア)は正直なようだな~』作戦だ。

 この作戦のいいところは、メルタさんを誘き出せると同時に、俺達の朝食も済ませることが出来る点にある。

 正直、面倒臭くなって来たともいう。


 そもそも、大の大人が仕事に行きたくないと言って、他所の家の部屋に立て篭もりまで敢行したのだ。

 そこまでやるって事は、相当な覚悟を持って立て籠もりを決めたのだろう。

 その結果、職や周りからの信用を失ったとしても、自己責任ってヤツだ。


 なに、ベテラン受付嬢な経歴の持ち主なら再就職先だってあるだろう。

 もしかしたら、永久就職先だってあるかもな。


「無かった場合は、ショータさんに永久就職しますね」


 ……なんか怖い台詞がドアの向こうから聞こえたのは気のせいだろう。

 そんなことを考えているうちに朝食の用意が完了した。

 今朝のメニューは参鶏湯のようだ。

 きっとメルタさんが二日酔いになっているだろうからと、ガロンさんが用意してくれたらしい。

 もっとも、その一番食べて欲しい人は、ドアの向こうに閉じこもったままだけどな。


 まぁドアの向こうの人は、この際置いておこう。

 それより自分の食事の方が大事だ。

 参鶏湯はアレク君も作っていたが、ガロンさんが作るとどうなるか楽しみである。


 早速、頂きますをして一口。

 うーん……多分だが、レシピ自体はアレク君が作ったものと大差がないと思う。

 使っている調味料も、極端に変わったものを使っているわけでは無い。

 強いて言えば、中の麦が米に代わってるぐらいか。


 しかしながら、アレク君のモノとはまた違った味わいになっている。

 米の方が麦よりも癖が無い分、鳥の味が米によく染み込んでいるのだろうか。

 美味い事は美味いが、食べた者たちの評価はバラバラだ。


 クレアとシャーロットは、アレク君の方が美味しいという。

 俺とベルとアレク君は、逆にガロンさんの方が美味しいと感じている。

 これは両者の腕前の違いというより、食べる側の好みの違いだろう。


 そして当のガロンさんは、この結果を予想していたのかウンウンと頷いている。

 アレク君に「万人受けする料理はない」だの「自分の舌を信じろ」だの言っている。

 鍛冶にしろ料理にしろ、自分のスタイルを持つことが一人前になるための条件のようだ。


 そんな師弟愛はさておき、話を戻そう。

 俺達の朝食は終わった訳だが、相変わらずメルタさんが出てくる様子はない。

 ガロンさんの料理でも、天の岩戸を開くことは叶わなかったか。


 だが、朝食は抜くことが出来たとしても、あと何食抜くことに耐えられるだろうか。

 補給の断たれた籠城など時間の問題だ。

 

「ふっふっふっ……私がそんなことを考えていなかったとでも思いますか?」

「まさか?!」


 もうモノローグと会話することは諦めました。

 それより、籠城対策の方だ。


「勿論、夜中の内に漁っておきましたよ。流石ガロンの厨房です。美味しい食材がたくさんありましたよ」

「やっぱりオメェが持って行ってたか……だが、ありゃぁ食材であって料理じゃねぇ。どうやって食うつもりだ?」

「戦う料理人ともあろう人が、分かりませんか?」

「……オメェが料理ができるとは聞いた覚えが無いし、そもそもその部屋じゃ満足に料理も出来ない筈だ」

「やはり分かりませんか……まぁいいです。これから私も朝食にしますので悪しからず」

「……! まさか! メルタ! やめろ! やめるんだ!」


 ガロンさんがメルタさんの行動に思い至ったようで、急にドアを叩き出す。

 だがガロンさんの全力の壁ドンにも拘わらず、ドアが開くことはない。


「ガロンさん……メルタさんは何をしようとしてるんですか?」

「メルタの奴ぁ、とんでもない事をしようと企んでいるんだ」

「とんでもない事? ですか?」

「あぁ、奴ぁ……奴ぁ……アイツ等を生で食べようとしてるんだ!」


 ……生だとまずいのか?

 いや、アレク君もおののいている様子を見ると、料理人的にはトンデモ無い事なのかもしれない。

 もしかして生食の習慣も無いのだろうか?

 刺身とかって、禁忌の食事法だとか?

 でもサラダとかの野菜類は普通に食べてたよな。

 線引きが分からん。


「アイツ等はちゃんと料理すれば、もっと美味しくなれる。なのにあのまま食われたんじゃ、アイツ等も浮かばれねぇ」


 ……違った。単に美味しく食べられる筈の食材を無駄にされるのが悔しいだけのようだ。

 だが、無情にもボリボリと食べている音が、部屋から聞こえてくる。

 ……成人女性が発していい音じゃないな。


 そして、その音を聞いたガロンさんとアレク君は、揃って涙を浮かべている。

 そんなに悔しい事なのか?!


「ふぅ、これならまだまだ立て籠もれそうですね」


 メルタさんは引き続き立て籠もりを続けることにしたようだ。

 ガロンさんの話では、彼女が盗んだ食糧はまだまだあるらしい。

 水だって便利魔法があるから心配ないし、本格的にニート化してしまいそうだ。




 ……が、そんな心配は無用だった。

 打つ手なしと誰もが諦め、その場を去ろうとしたとき、天の岩戸が開かれたのだ。

 開かれたドアから、メルタさんがおずおずと出てくる。


「その……トイレに行かせてください……」


 天の岩戸伝説にある天照大神と違い、彼女は人間。

 生理現象には勝てなかったようだ。

やべぇ……こりゃ、この一日も長くなりそうだ。

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