第250話 蒸
「ほら、一週間程前の朝食に作ったアレだ」
「一週間前……? 朝食……?」
一週間前っていうと、シャーロットと出会ったばかりの頃か。
あの時はフリュトン担いで飛空艇を召喚したら、丁度彼女に見つかったんだよな。
で、なんだかんだで彼女を飛空艇に泊めてやって……あー、あれか。
「蒸し鶏の事か?!」
「確かそんな風に言ってたな」
俺の方がボケが始まっていたようだ。
いや、一週間前の朝飯がすぐに思い出せなくても大丈夫な筈。
「ただ蒸し料理となると、蒸籠が必要だぞ? それとも今から作るのか?」
「……ショータの部屋に置いていないのか?」
シャーロットめ、何をバカなことを。
俺の部屋に蒸籠が置いてある訳ないだろうが……。
第一、俺の持ち物はマジックバッグか飛空艇に……バカは俺だった。
「そうだな。ちょっと取って来る」
「あれ? ショータさんの持ち物って、マジックバ――」
「早く戻って来なさいよね?」
うっかり余計な口を挟もうとしたアレク君は、ベルによって口封じされ、クレアがソレを誤魔化すかの様に俺を急かす。
ナイスコンビネーションだ。
自分の部屋に戻りバックドアを呼び出すと、蒸籠を取りに厨房へ向かう。
ソレ自体は直ぐに見つかったが、折角来たので引き出しの中もあさっていく。
確かこの中に、アレがあったのを見たんだよな。
……よし、目的のモノも入手したことだし、サッサと戻るとしよう。
「これをこうして……あとは火が通るまで待つだけです」
ガロンさんに蒸籠を見せ、使い方を説明する。
といっても大した説明でもない。
沸騰したお湯に蒸籠をパイルダーオンするだけだしな。
火加減とか、蒸し時間はお任せだ。
初めての料理法とはいえ、ガロンさんならきっと最適時間を見極めてくれるはず。
待ち時間の間は、食堂に戻っておしゃべりタイムとなったようだ。
女は三人寄れば姦しいだが、六人ともなると……何になるんだ?
まぁ少なくとも、男の肩身が狭いのには変わりないけどな。
メルタさんとマデリーネさんは顔見知りらしく、二人で昔話に花を咲かせている。
シャーロット達四人は若者(一人例外を除く)らしく、アクセサリーの事で盛り上がっている。
シャーロットの胸元を飾っている卵月ぐるみ――例のタマゴと萩〇月モドキのネックレスの事だ――を目ざとく見つけたクレアが、その正体を聞き出している最中のようだ。
というか、どうやらフランさんから素材を貰っていたらしく、シャーロットが実演混じりに人形を作って見せている。
だが俺には分かる。
アイツが作ろうとしているのは、またしても白くて細長いナニカだろう。
「こう見えても、コンテストで三位になった程の腕前だぞ」とか抜かしていたが、お前ブービー賞だからな?
ちなみに、彼女が作った白くて細長いナニカは、最終的にマロンちゃんの人形の首に巻きつくことになった。
シャーロットはマフラーだと言い張っていたが、俺には白蛇が首を絞めているようにしか見えない。
作った本人もマロンちゃんも、気にしてない様だから黙ってるけどな。
「お待たせしました。パグールスのハーブ蒸しです」
アレク君が蒸籠に入ったままのカニをテーブルに持って来た。
パグールスってのは水蜘蛛の正式名称らしい。
さて、あの妙に油っこかったカニが蒸されるとどうなるのかね。
早速試食してみようと脚を一本へし折り……って、なんで誰も手を伸ばさない?
あれか? 犠牲者は一人位でいいとか、そんな考えか?
全員の目が、俺の一挙手一投足に注がれている気がする。
ガロンさんまで俺を見つめている。
そんなに見つめられたら、味なんて分かんねぇよ。
だが、俺が食わなければ誰も食い始めないだろう。
覚悟を決めると、殻を外しカニの身を頬張る。
蒸されたことで油が落ちたようで、先程の油っこさは解消されている。
それでいて完全に油を落としきった訳ではないので、脂バランスは絶妙といえる。流石ガロンさん。
身自体も、焼いただけの時は「油の割に味は淡白だな」と感じたが、いやいやどうして。結構な濃厚さだよ。
あれだ。カニ食ってるはずなのに、脂ののったトロ食ってる感覚だ。カニの感想じゃねぇな。
でも、いつも買ってるタラバよりは美味いのは確かだ。
チラッとカニを見る。
蒸籠の中には、脚を一本失ったカニが鎮座している。
俺のリアクション待ちなのか、誰も手を出していない。
ここで俺がお代わりをしようとすれば、血で血を洗う争奪戦が始まるかもしれん。
ここは一先ず「微妙な味だ」とでもお茶を濁すか。
それで「でも勿体ないので……」とか言い、更に続けて「食べたいと言い出した俺が、責任もって引き取る」って事にすれば、カニを独り占めできるな。
この間、約一秒。
素早く考えをまとめた俺は計画を実行に移すのだった。




