第247話 節子、それクモやない
シャーロットを先頭に裏手にある解体場へ向かう。
その後に続くのは、メルタさん、クレア、あと俺。
クロゲワ・ギューの納品はシャーロット一人いれば事は足りてるし、その査定はメルタさんが担当する。
であれば、俺がワザワザ行く必要は無い筈だ。
リーダーはどっしりと査定が終了するまで待っていればいいのだ。
まぁ、そんな俺の意見など当然のように却下されたがな。
中型犬サイズの蜘蛛の解体現場なんか見たくない、という俺の願いは叶わないらしい。
しかも俺の退路を塞ぐように、メルタさんとクレアが前後に並んでいる。
多分引き返そうとすれば、即捕縛されるだろう。
どうやら覚悟を決める他ない様だ。
「これが水蜘蛛なのか?」
「そうですね。この辺では一般に水蜘蛛と呼んでいます」
シャーロットが解体中の水蜘蛛とやらを見て考え込んでいる。
何か期待と違ったのか?
俺もつい、怖いもの見たさに二人の間から覗き込む。
トゲトゲとした硬そうな外骨格。
胴体部からニョキニョキと生える計八本の足。
水の中では糸を出す必要が無いのか、退化した腹部。
その代わりに得たのは、挟まれると痛そうなゴツイハサミ。
どうみてもカニです。本当にありがとうございました。
いや、八本脚だから厳密にはヤドカリか?
まぁ、どっちでもいい。
それより、なんで水蜘蛛なんて名前が付いたんだ?
水の中に住む蜘蛛っぽいヤツだから、そんな名前が付いたのか?
カニも漢字で書けば蟹と虫が付く。
タコだって漢字で書くと蛸だしな。
水の中の生き物に虫以外でも漢字に虫が付くことはあるが、ここは異世界。
当然漢字なんてない。
「シャーロット。こいつは本当にクモなのか?」
「いや、これはカニの一種だろうな」
「えっ?! みんな水蜘蛛っていうからてっきり……」
やはりこれはカニらしい。
蜘蛛だと思ってたクレア達は、皆一様に驚いている。
って解体員の人まで驚いているし。まさか知らなかったのか?
彼らの中で驚いていないのはメルタさん位だ。
「鑑定で読み取れる正式名称はあるのですが、この辺りでは水蜘蛛と呼んでいますね。ですから、ギルドでもそう提示しているのです」
「いわゆる地方名ってヤツか……」
美味〇んぼでも、クエの事を九州ではアラと呼ぶため、誤解が起こったエピソードもある。
地域が変われば呼び名が変わるのも当然と言えば当然か。
ギルドとしても、誰も知らない正式名称で提示するより、分かり易い地方名で出していたって事だ。
いや、そんな呼び名なんてどうでもいいな。
それより大事なのは、コイツが食えるかどうかって事だ。
カニには、スベスベマンジュウガニのように、猛毒を持つ種類も中にはいるが、食えるのも多い。
ズワイガニやタラバガニ、毛蟹といった有名どころ以外にも、沢蟹や上海ガニにワタリガニといったカニも大変うまい。
俺も正月には奮発してタラバガニ(半身・冷凍)を買う程度にはカニ好きだ。
だが解体中のカニ(もう水蜘蛛とは呼ばない)は、中の魔石を取り出すと、身はそのままポイされている。
「なぁ、こっちではカニって食べられないのか?」
「いや、そんな事は無い筈だ。私も以前港町で、これとは違うがカニを食べた事がある」
「なに? ショータってば、コッコゥの皮だけじゃなく蜘蛛まで食べるの?」
「クレア、それクモやない。カニや」
蜘蛛とカニは全く違う。
お前が蜘蛛とかいうからちょっと虫っぽく見える気もするが、絶対これはカニ。
虫はノーサンキューだが、カニならウェルカムだ。
ただ、ここにいる全員が、コイツが食えるかどうかの判断を付けることが出来ないらしい。
メルタさんやアレク君ですら、食べようとも思わなかったという。
まぁカニだと知っているメルタさんはともかく、蜘蛛だと思っているアレク君は仕方ないか。
そしてメルタさんも、カニだとは知っていても食材だとは連想していないようだ。
いや、違う。
ここにはいないが、コイツが食えるか否かを判断できる人物がいるではないか。
「よし、ガロンさんに聞いてみよう」




