第239話 さらばタマちゃん
「……タマちゃん。俺と家族にならないか?」
「だから何度言われてもいやですよ」
タマちゃんを見る。
心底イヤそうな顔で俺を見ている。
シャーロットを見る。
無いわぁ……コイツ、無いわぁって顔で俺を見ている。
神父さんを見る。
先程までニコニコ顔だった筈なのに、今は目だけが笑っていない。
「ショータさん……そんな目的の人にタマを預ける事は出来ませんよ?」
「あ、はい。すみません」
目だけ笑っていないまま、ズイッと顔を近づけてくる。
これは……マジの警告だ。
レッドカードまでは行かなかったが、イエローは余裕で出たレベルのようだ。
そしてこれ以上アホな言動をすれば、二枚目のイエローとなり孤児院はもちろん、教会からも退場になるだろう。
そう結論付けた俺は、そのうち考えるのをやめた。
「じゃあアタシはこれで」
「あぁ。時間を取らせてすまなかったな」
「いえ、アタシも自分の生き方ってのが見つかりそうです」
シャーロットとタマちゃんが握手を交わしている。
結局シャーロットもタマちゃんを引き取るつもりは無く、タマちゃんは孤児院に残ることを選んだ。
別に冒険者のような根無し草でも、子供を引き取ったりは出来る。
冒険者以外にも、旅芸人の一座や行商人に引き取られる事もあるそうだ。
単にシャーロットが、その選択をしなかっただけだ。
ただタマちゃんは、護符作りを本格的に学ぶことにしたそうだ。
元々護符作りを趣味にしていたほどだ。きっと上手く行くだろう。
それに神父さんの伝手に、良い師匠候補が居るらしい。
丁度後継者を探しているとの事だったので、まさに渡りに船といえよう。
いつの日にか、稀代の護符作りマスターとして、その名を轟かせてくれ。
神父さんは神父さんで、ニコニコ顔からホクホク顔にチェンジしている。
これまでは玉石混交状態で頒布していた護符を、タマちゃんのだけはキチンとした護符として販売、もとい一定の寄付をした方への頒布する事にしたようだ。
もっとも、今のタマちゃんの実力で、どれほど売り物になりそうな護符が作れるかは未知数ではあるがね。
まぁタマちゃんが卒院するその日まで、頑張って稼いでくれ。
教会が潤えば孤児院もより良くなるだろうしな。
救われる命が増えるのはいいことのはずだ。
ま、俺は救われなかったけどな。
なんで俺はあの時、己の欲望に身を任せてあんなことを言ってしまったんだろうか……。
あれさえなければ、タマちゃんを引き取って、モフモフさせて貰えたかもしれないのに……。
あ、俺の方をチラッと見たタマちゃんが、シャーロットの陰に隠れた。
あれは完全に変質者を見る目だな。
うん、とりあえず獣人へのモフモフは諦めよう。
あの目を向けられるのは、もう勘弁だ。
俺達は教会を去ることにした。
神父さんとタマちゃんが見送りに来てくれた。
本当は昼ご飯を孤児院の子供たちと一緒に食べようと誘われたけど、用事があると言って丁重にお断りした。
この後の用事なんてちょっとした買い物位しかないくせにな。
まぁこれ以上タマちゃんに嫌われるようなことをしたくなかっただけだ。
どうしたってあの耳と尻尾についつい目が行ってしまうからな。
あれにはシャーロットの褐色スライムさんに匹敵する誘惑力がありそうだ。
さらば、タマちゃん。
さらば、のじゃロリ。
せめて巫女服姿だけは見たかった。
差し入れしたら、着てくれないかな……。
「よかったのかい? 彼らとなら、きっといい家族になれただろうに」
「いいんです。シャーロットさんに、これ以上お荷物が増えるのも良くないですし」
「……」
「でも、あのおっぱいは凄く惜しかったですけどね」
「タマ。それはシスターに叱られたばかりですよ?」
「それにシャーロットさんに付いて行ったら、もれなくショータが付いてきます。あの獲物を狙うような目をずっと向けられるかと思うと、うんざりします」
「……」
「ただ、アタシの耳と尻尾を好きと言ってくれたのは、ちょっとだけ嬉しかったですけどね」
「……」
「生まれてからずっと、この耳も尻尾も嫌いでした。
パパもママも、汚いようなものを見る目でアタシを見ていました。
神様に、こんな耳や尻尾なんて要らない。無くして欲しい、と何度もお願いしました。
孤児院に来てからはそんな風に見られることはなかったけど、獣人の子たちとは仲良くできなかった。
獣人の見た目のくせに、獣人であることを否定している事を、皆は分かっていたんでしょうね」
「タマ……」
「でも、これからは少しだけ好きになれそうです。シャーロットさんのお陰でちゃんとパパとママの子供だって分かったし、将来の夢も見つかりました。
あと……ショータが、こんな自分に、家族になろうって言ってくれたのは、本当は嬉しかった。
家族に捨てられて、孤児院でもなじめなかったアタシに、そのままのアタシを家族にしたいって言ってくれた。
シャーロットさんに、変化で耳も尻尾もない自分になれる、って言われた時、そのままの自分でいいって言ってくれた」
「タマ……涙を拭きなさい。そうだね……彼らはタマにとって最良の出会いだったんだね」
「はい!」
タマちゃんが九歳児の割に大人びてる気がする。




