第229話 練習試合
一昨日の夜、槍の素振りをしながら思ったのだが、俺って真面に戦ったのってコッコゥかトロールぐらいしか居ないんだよな。
ゴブリンはボーラが偶然絡まってた所に止めを刺しただけだし、ウコッコゥはアレク君達との共闘だった。あれだって真面に戦うというより、MP切れを狙った作戦がハマっただけだ。
ランペーロに至っては碌に戦闘していない。ボーラを投げたか、窒息してたかだ。翌日もクレーンで吊り上げただけだしな。スライム? 何のことだかサッパリですな。
トロール戦も無我夢中だったせいか、思い返すと結構アラが目立ってた。まぁそのアラが分かるようになっただけ、少しは強くなってきてるのかもな。
だが少しだけだ。シャーロットの様にワイルド・ボアやクロゲワ・ギューを一撃で倒せる程にはなっていないし、そんな彼女ですら逃げの一手しか選択できなかった飛竜とやらがいるのが、この世界なのだ。
上を見ればキリはないが、それでも上に行くしかこの先生き残ることは出来ない。町の中だけで生活すれば、魔物の心配はないだろうが、飛空艇を狙われることは避けられないだろう。
そう、生き残る。まずはソレが重要だ。死んでしまってはこの世界に来た意味が無い。
次に自由であること。誰かの選択で俺の人生が決まるようでは、それは生きているとは言えないのだ。
そのためには強さがいる。誰かをねじ伏せるのではなく、危険から遠ざかるための強さが。
飛竜に狙われた時、シャーロットは即座に逃げることを選んだ。勝てない相手からは逃げるのもアリだ。だがその判断をどの時点でするのか? それが大事だとあの時感じた。
あの時グズグズしていたら、今頃俺達は飛竜の腹の中だっただろう。全速力で逃げてるはずの飛空艇に追い付くような敵だった。彼女の判断が、あのスタートダッシュでのアドバンテージを産み出し、俺にブースターを召喚する時間を齎したのだ。
イケる時と、ムリな時。その判断の基になるのは様々な戦闘経験からしか得ることは出来ない。ただし格上との実戦だと、ムリな時は死ぬ時だ。訓練の中でならムリな時でも死にはしない。死ぬほど痛いけどな。
シャーロットに挑むたびに、彼女が振るう剣で吹き飛ばされる。滅茶苦茶手加減してもらってるのだろう。吹き飛ばされるだけ済んでいる。訂正、死ぬほどは痛くなかった。
しかもシャーロット自身はその場から一歩も動いていない。どれだけ手加減されてるかが良く分かる。俺が槍を構えて突っ込んでも、軽くいなされているのだ。まぁ、ムキになって突っ込んだ俺が悪いのだろうけどな。
って、ちょっと待て。なんで俺は闇雲に突っ込んでいる? 元々は強敵と対峙した時の訓練であり、その目的は如何に強敵から逃げ延びるか? だった筈だ。
俺から攻撃する必要なんてない。シャーロットが俺が槍を構えたのに合わせて、香港俳優よろしく片手でチョイチョイと、誘うような挑発に乗ってしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
両手で持っていた槍を片手に持ち替え、その代わりに左手の盾を前面に押し出すと、相手の様子を窺う。
急な俺の方針転換にシャーロットは再度チョイチョイと手招きするが、もうその手は食わない。
この練習試合の勝利条件は、俺がシャーロットのスキをついて逃げ切るか、朝飯の時間まで耐えきる事。敗北条件は彼女に組み伏せられるか、へばるまで。
ならば迂闊に突っ込むことこそ最悪手ってことだ。挑発にアッサリ乗せられたけどな。
というか、俺って突っ込み過ぎだな。トロールの時だって、シャーロットが止めたにも拘らず無謀に突っ込んでったな。この癖を治さない限り、命がいくつあっても足りないそうだ。
「ほぅ、考えなしに挑んでくる事は止めたようだな」
「……」
俺は答えない。この問答だって彼女の挑発の一つだろうからな。そんな手には乗らないのだ。
落ち着いて考えれば、先程の勝利条件には彼女を倒すことは含まれていない。某大魔王が『・地魔闘』の構えをしているなら、その間に逃げればいいだけの話だ。まぁ大魔王からは逃げられないがな。
「ならばこちらから行くぞ!」
「くっ」
シャーロットが剣を振るう。クロゲワ・ギューの時とは比べ物にならないほどの斬撃。
あの時は余りの速さに、何が起きたのかすら一瞬判らなかったほどだったが、この一振りは十分盾で受けられる速度だ。つまり物凄く手加減された一撃。
それを盾で受ける。
重い。スピードの代わりに威力を重視したのだろう。あまりの重さに、構えた盾ごと吹き飛ばされる。
「今のは十分避けられた筈だ。それに、正面から受けるだけが盾の使い方ではないぞ」
なるほど。バカ正直に身を守るだけが防御ではない。避けられるなら避けた方がいい時もある。
盾の使い方もだ。ベルがやっていたように、真っ向から受け止めるのではなく、逸らすことも大事な技術だ。
時に避け、時に受け止める。間違った防御方法をしてしまった時は、更に追撃が入るようになった。その度にゴロゴロと吹き飛ばされる。
だがそれでいい。攻撃と違って防御は僅かなミスが死に繋がる。失敗を身を以て感じなければ、同じ事を繰り返すだけだ。
「まぁトロール位なら、何とか身を守れそうだな」
「あ……ありがとうございました」
マロンちゃんが朝食が出来たよーと呼びに来た頃、なんとか及第点を貰えた俺は、力尽きてそのまま倒れこむ。でも、休日の朝っぱらから、全力で訓練する必要があったのかね。




