第197話 鳥白湯
その後は特に何か起きることもなく、夜明けを迎える。せいぜい夜中にお腹が空いてカップ麺を作ったぐらいか。深夜に食べるカップ麺。美味しゅうございました。
尤も、うっかりいつもの音の出るヤカンを使ってしまって、馬の耳がビクゥってしたのには申し訳ない気持ちでいっぱいになったがな。
東の空から白み始める草原の景色に、またも見惚れてしまう。いい景色は何度見てもいいものだ。そんな朝焼けを眺めていると、アレク君がレストランで使うようなボウルを伏せたヤツが被さった大皿を持って来た。そういえば今朝の分は厨房で用意するって言ってたけど、アレも厨房で見つけたのか?
「おはよう。今日も早いんだな」
「おはようございます。ショータさんこそ、一晩中お疲れさまでした。見張りも交代しますから、朝食が出来る迄、少し寝てはどうですか?」
「あーそうだな。ちょっとそこで横になるよ。あ、そうだ。コイツも朝食に加えてくれ」
そう言ってマジックバッグに仕舞っておいた鳥白湯の鍋を取り出す。すっかり冷めてしまっているが、温め直せば大丈夫だろう。
「あ、例のトリガラスープですね。ってショータさん。真っ白じゃないですか! どうしたんです?」
真っ白って、俺はどっかの燃え尽きたボクサーか。いや、違う。アレク君はスープが白濁していると言いたいのろう。そういえばトリガラを使ったスープを作るとしか言わなかったな。
「これはこれで美味しいスープなんだ。その名も鳥白湯という」
「とりぱいたん? ですか?」
「そうだ。厳密には白く濁ったスープの事を白湯といい、ダシにトリを使っているから鳥白湯というらしい」
俺も何かの料理番組でそんな事を言ってたなって程度の知識なので、説明もいい加減だ。だが、この世界では俺が初めてパイタンという言葉を定義したのだから、俺が正しい事になる。まぁ言ったもん勝ちってヤツだ。
アレク君は白いスープを興味深そうに見ている。透明なトリガラスープは見た事があっても、骨がグズグズになるまで煮込まれたスープは初めて見たようで、鍋と一緒に仕舞っていたお玉でスープを掬い味見をしている。
「これは骨から出てる味ですか?」
「らしいな。確か骨髄とかコラーゲンが味の決め手らしい」
「こらーげん……」
やはり骨髄はともかく、コラーゲンの概念はない様だ。言語理解の仕様も少し分かって来たけど、通じない言葉というのは、その概念自体が無い場合が多い。多分プラズマとか下手すれば紫外線すら通じないだろう。
ソレに対して、通じるけど知らないと言われるのは、途中で失伝したパターンだろう。スキルの中には登録されているが、誰も使わないので言葉自体が廃れてしまったってヤツだ。
クジラの事を昔はイサナと呼んでたけど、今じゃ誰も使ってないもんな。それと同じことだろう。まぁそれが分かったところで、何かが変わる訳でもないけどな。
「ショータさんは色々ご存知なんですね。ガロン師匠も感心してましたよ」
「あー、その事で話があるんだ。朝食が終わったらちょっと時間をくれ」
「そうなんですか? 分かりました」
軽い反応を返すアレク君を見ていると、飛空艇の事を話すのがもったいなく思える。いや、アレク君は飛空艇の事は勿論、昨日現れた岩が何なのかすら気付いていないのだ。
話があると聞かされても、せいぜい俺が迷い人だって事位しか想像していないのだろう。そう思えば、飛空艇を見せた時の反応が楽しみかもしれないな。
幌馬車の傍に行くと、羽織っていたマントを枕代わりにして横になる。朝日が目に入って眩しいので、タオルを折ってアイマスク代わりに目にのせる。多少は眩しさが軽減されたか。
スープを温め直す程度しか眠れないだろうが、多少でも寝ておけば後が楽になるしな。お休みー。
はい、おはようございます。朝です。いや、さっきから朝だけど。
気持ちよく寝てたらクレアにお腹を踏み潰されました。エアハンマーで起こされるよりかはマシだろうけど、もうちょっと優しく起こせないものか。
「だったら起こされる前に起きればいいじゃない」
「それが出来るなら、人類は目覚まし時計を発明しなかっただろうな」
「大袈裟ね」
目覚まし時計は通じるのか。時間の概念が大雑把な癖に通じたって事は、転移者あたりがソレを作ったのかな? まぁ会うこともないだろうし、どうでもいいけど。
それよりメシだメシ。夜中にカップ麺は食べたけど、朝は朝でちゃんと食べないとな。
ボウルを伏せたようなアレは、クロシュというらしいです。




