第178話 命の選択
それは引き上げる準備をしていた時の事だった。俺は休ませていた馬にハーネスを付けていたのだが、突然誰かの「うわっ!!」という叫び声が聞こえた。
皆も聞いてたらしく一斉にその方向に向くと、丘を途中で誰かが倒れている。アイツは確か、例の失敗した方の釣り役かだったか。ハン、あんなペースでやるから足でももつれたんだろ。ちょっといい気味だとか思ったのは内緒だ。
まぁコケたのは不運だったろうが、まだ十分距離はあるので彼が本気を出せば十分挽回できるだろう。そう思い作業の続きに戻ろうとしたが、何か様子がおかしい。
ソイツは倒れたまま動こうとしない。見れば足を押さえている。もしかして足をくじいたのか? となると不味いんじゃないか?
距離はあるとはいえ、それは万全な状態での話だ。立つ事すらままならぬようでは、もはや彼の運命は決まったも同然だろう。思わず助けようと、一歩踏み出す。
「ダメよ! アンタが行ったって無駄死にするだけよ! 諦めなさい!」
「えっ?! 諦めるのか?!」
「そうよ! 向こうの連中だって誰も助けようとしないでしょ? アイツ等だって自分の命は惜しいから、ワザワザ助けようとはしないでしょうね」
マジか! 命が軽いってのは、こんな事も平気で考えるようになるのか! いや、平気ではないんだろうけど、そういった覚悟を持っているってことか……異世界ヤベェな。
だがクレアの言う事は正しい。なんとかキャリーを教えてもらった訓練で講師の人が言ってたが、救助は自身の安全を確保してから行う事が肝心だそうだ。
これは仕方ない事なんだ。トラウマになるだろうが、見捨てる勇気も大事なんだ。と誰もが、それこそ倒れた男すら諦めたその時、ソイツを助けようと動いた奴が居た。
「あのバカ……何考えてるのよ!!」
「……!!」
アレク君だ! アレク君が武器も持たず丘を駆け下りていく。よりにもよって一番アイツ等を嫌ってそうだったアレク君が動くとは思わなかった。
でもどうする気なんだ? 丸腰で立ち塞がったって、どこぞの谷の姫様よろしく跳ね飛ばされるだけだ。
あの映画じゃそれで暴走は止まったし、最終的には本人も生き返ったようだけど、ランペーロ相手じゃそんな事起こるはずもない。
下手をすれば、いや下手をしなくても犠牲者が二人になるだけだろう。助けようとする心意気は賞賛するし、実際動いた勇気は素晴らしいと思う。
だけど、そんなのは本人達が生き残れればの話だ。川に落ちた奴を飛び込んで助けられれば美談だろうが、二人共溺れ死ねば笑い話にもならない。
「あぁ、クソッ!!」
覚悟を決める。
さっきまで天秤の片方には見知らぬ他人の命が乗っていただけだった。
今は更に見知った奴の命が乗ってしまった。
反対側には俺の命……だと俺の命の方が重い。
だが命ではなくスキルなら……二人の命の方が重くなる。
確信はない。
ただアイツ等の目の前に巨大な何かが突然現れれば、ビックリして止まるんじゃないかと思っただけだ。
保証もない。
突然現れた飛空艇の正体が俺のスキルに依るのだとバレない保証はない。
とにかく走り出す。
この場所で召喚してもランペーロの突進は止まらない。
呼び出すならもっと近づかなくては。
先を見る。
アレク君は何とかランペーロよりも倒れた男のもとに辿り着いている。
手に持った水筒から、何かの液体を男の足にかけているのを概観視がとらえた。
途端に起き上がる男。
だがソイツはあろうことかアレク君を突き飛ばすと、一目散に丘へと逃げやがった!
「「アレク!!」」
二人の声が耳元で響く。
振り返ればクレアとベルが俺の後ろから着いて来ている。
なんだ結局二人共来たんじゃん。
そしてその二人と俺を追い越し、駆け抜けるシャーロットwith馬。
ハーネスを付けただけの馬に跨り、猛スピードでアレク君に迫る。
「乗れ!」
手を伸ばすシャーロット。
その手を掴むアレク君。
もつれる俺の足。
あ、クレアがこけた。
間一髪でもないが、結構ギリギリのタイミングで助け出された光景はまるで映画のワンシーンだ。キャストの性別が逆な気がするが。
(飛空艇召喚!!)
声には出さず、心の中で飛空艇を呼ぶ。
出来るか分からないが、出来たら光学迷彩の岩状態で出てくれ!
その期待に応えたのか、そういえば岩のまま変更してなかったような覚えもあるが、とにかく巨大な岩が俺達とランペーロの間に出現した。
驚き急停止するランペーロ達。どうやらこの世界の牛には衝突被害軽減ブレーキが標準搭載されていたようだ。
シャーロット達が無事ランペーロから逃げ切ったのを確認し、そっと飛空艇(岩)を送還する。バレてないといいな。
生還したアレク君を囲み喜びを分かち合う。具体的にはアレク君の背中を叩いている。本人は痛い痛いと言っているが、痛いと感じられるのは生きてる証拠だよな。
ちなみにさっきの大岩はシャーロットが咄嗟に出した魔法って事にしてもらった。彼女ならモノリスみたいな岩も出せるし、多分大丈夫だろう。まぁ三人の「さすししょ」が止まらなかったけどな。
暫くそうやってアレク君を叩いていたが、そんな俺達に近付いてきた奴らがいる。『釣り』の連中だ。さてさて、こいつらにはどうやって落とし前を付けてもらうかね。
それにさっき概観視で見た時、『暗殺』の人達も何か変だったんだよな……あの人達も気を付けないとかもな。




