第162話 馬車講習
「違うんだ。私の場合、やり方がちょっと変わってるから、こっちの馬でも出来るかが試してみないと分からないだけだ」
……なら大丈夫なのか? いや、一応練習しておいた方がいい気がする。借りたけど出来ませんでしたじゃ予定だって立てようがない。
幸いまだ昼前だ。ギルドで馬車を借りて練習するぐらいの時間はあるだろ。それに今回だけでなく、この先だって馬車を扱う機会があるかもしれない。覚えられるときに覚えておいた方がいいよな。教えてくれる奴に不安があるけど。
「よし、じゃあ今日は馬車を借りて練習するか」
「そうだな」
という事でギルドの受付に向かい、馬車のレンタルを申請した。ちなみにレンタル料は銀貨一枚(一日)に加え、保証金として更に金貨一枚が必要になる。
大事にしまっておいた金貨を取り出し、とりあえず四日分の銀貨四枚を支払う。依頼の報酬が大銀貨一枚だったから、結構な出費だ。まぁ肉の買取に期待しよう。
「はい、たしかに。馬車は裏の馬房にありますから、この札を係の者に渡してください」
「はい」
「あ、それと一回に付き銀貨一枚になりますけど、御者の講習も受講されますか?」
お、そんなのも受けられるんだ。出来るか怪しいシャーロットよりも、多少金が掛かっても受けておくべきだろう。出費がかさむが、先行投資ってヤツだ。
「はい、お願いします」
「分かりました。それではこちらの札を係の者へ一緒に渡してください」
銀貨と引き換えに、さっきの札とは色違いの札を受け取る。これが講習の受講票ってことか。二つともタダの木の札にギルドの看板と同じ焼き印が施されている。
その二枚の札を持ってギルドの裏手に向かうと、馬のブラッシングをしている人が居る。あの人が係の人かな?
「すみませーん、こちらで馬車を借りられると聞いたんですけど」
「はいよー、スマンがもうちょっと待っててくれ。あと少しで終わるから」
「あ、はい」
慌てることもないので、そのままブラッシングが終わるのを眺めていたんだけど、あの馬って昨日俺の手を舐めた馬だよな。あの顔見たら、舐められた感触を思い出してしまったよ。
そうこうしているうちにブラッシングも終わったようで、馬房に連れて行くと水と飼い葉をあげている。そしてそのまま、隣の空いている馬房の掃除を始めた。あれ? もしかして忘れ去られてる?
「あの! 馬車を借りたいんですけど!」
「ん? おーすまんすまん。うっかり忘れてもうた」
馬房の掃除を中断すると掃除道具を片付けてからこっちに来た。
「で、馬車を借りたいんだよな? どれにする? といっても一頭しかいないけどな」
「じゃあその馬で。あとこの札も渡す様に言われたんですけど」
「お、御者の講習か。任せとけ。馬の方は食事中だから、とりあえず荷車の方へ行くぞ」
荷車を仕舞ってある小屋へ向かう道すがら自己紹介を済ませる。係の人はザルゾさん。元冒険者だけど、今は引退してギルドで馬の世話をしているそうだ。
小屋から三人がかりで荷車を出すとそのまま荷車の点検を始める。御者といってもただ御者台に座って手綱を捌いてればいいものでもないらしい。
こうして車軸のガタつきとかも点検して、場合によってはその場で修理も出来なくてはならないそうだ。他にも長距離の移動用に飼い葉と水の量も計算したり、荷物の積み方のコツなんかも教わった。
荷車側の講習が終わったところで、いよいよ馬を繋ぐ練習だ。まぁ俺の場合、馬に慣れることからのスタートだったけどな。
取りあえず馬に触れるときの注意点を聞く。まずは絶対に後ろに立たない(蹴られるからな)、驚かせない(臆病な性格なので)、大きな音を立てない(かなり耳がいいそうだ)、等々。
あとは一日二回のブラッシングと蹄の手入れ。これ大事。ブラッシングはスキンシップで仲良くなるのもあるが、異常を見つけやすいのだ。
「肌艶とかは、この状態が平常だからよく覚えておけ」と言われたけど、そーっと触った後ろ足なんか筋肉ぱっつんぱっつんで、この状態の方が異常な気がした。
蹄の手入れも同様。蹄ってのは要は爪だから、割れることもある。割れた蹄に気付かず歩かせていると、場合によっては大怪我の元になる。よく確認しておくといいそうだ。
その際、気が付いたんだけど、蹄鉄してないんだな。馬といえば蹄鉄だと思ってたんだけど、違うのかね。
さて多少は馬に慣れたところでいよいよ馬と荷車の合体だ。まずはハーネスを馬に付ける。これが無いと繋げないばかりか、進むことは勿論止まることすら出来ない。
そして荷車から突き出た二本の轅の先にある軛にハーネスを取り付ければ荷馬車の完成だ。
おっと、馬の口には銜を付けてやらんとね。銜と手綱を繋いでやれば、馬を操作できるようになる。
「よし、これで外に出られるぞ。早速行ってみるか?」
え? いきなり路上教習? せめて教習所内での練習は?




