第153話 風呂烏
「お、ショータか。いい湯加減だったから、早く入るといいって、なぜ床に突っ伏しているのだ?」
防具の手入れがいつもより速く終わったので、仕方なく風呂に入りに来た俺を出迎えたのは、マッサージチェアーでくつろぐバスローブ姿のシャーロットだった。
バスローブ姿なのはまぁいい。大方バスタオルと一緒に戸棚にでもあったのだろう。今度はぜひ浴衣に挑戦して貰いたい。
それよりも重要なのは、既に湯上りだという事だ。工房で手入れをすると言って別れてから十数分程度で風呂から上がったというのか。
俺はシャーロットの事を誤解していたのかもしれない。彼女は風呂人は風呂人でも、風呂烏だったのか。
風呂烏とは風呂人の中でも、速度に特化した風呂人である。
かつて人と人とが争い、血で血を洗う時代だった頃、入浴時は最も無防備になる瞬間の一つであった。そう、風呂人にとって暗黒の時代でもあったのだ。
また一人、また一人と傷つき倒れていく風呂人達。彼らはいつしか闇に隠れ、闇に生きるようになっていった。闇風呂の誕生である。
闇の中で安息を得られたはずの風呂人達であったが、そこにも魔の手が伸びる。こうなっては風呂に入る、ただそれだけを極めるしかない。これが『お風呂道』の誕生である。
あるものは、高温の風呂に一瞬だけ入る事を追求し続けた。だが、逆にその一瞬を狙われるようになる。彼らは考えた。ならば、その瞬間を誰かが守ればいい。
いつしか三人一組となり、一人が入ろうとするのを残りの二人が全力でサポートする。そうした彼らの行動はある時、勇者の目にも止まったそうだ。
勇者は彼らを見て「ダ・チョウク・愛だな」と述べたという。熱湯風呂愛の誕生であった。
――中略――
――と、こうして風呂に入る時間を限りなく短縮しようと試みる、風呂烏が生まれたのであった。
《風呂人~その歴史、闇の中にあり~より抜粋》
という、嘘設定を考えてしまう程、彼女にはがっかりさせられたのだ。もうちょっと長湯してても良かったんだよ?
流石に「一緒に入ろう」とも「風呂は何度入ってもいいものだよ」とも言えず、一人湯船に浸かる俺。あぁ朝焼けが綺麗だなぁ。
じっくりたっぷりと湯に浸かった(べ、別に誰か入ってくることを期待してたわけじゃ無いんだからね)俺は、いい加減のぼせそうになったので、諦めて風呂から出る。
シャーロットはマッサージチェアーに座ったまま寝ているようだ。こんなところで寝てたら風邪引きそうだよな。
やれやれ、仕方ないな。ここは久しぶりの三択タイムといこうか。
A:お姫様抱っこ
B:パイタッチ作戦
C:放置
正解は……『Bを選択した瞬間、シャーロットにボコられる』でした。バスローブからチラ見する褐色スライムさん、ごっつあんです。
ボコられ、そのままバックドアから叩き出された俺は、いつも通り宿のベッドで眠りにつくのだった。
なんか色々とすみません。




