第108話 夢の中
残念。五日目は終わっていないのじゃ。
――夢を見ている。なんで夢だって分かるかって?
そりゃ、紫色の空に白い大地、あとは何もない。そんな空間なんて見たことないからだ。
まぁ例の受付の空間に似ている感じもするから、ひょっとしたら現実なのかもしれないけどね。
そんな風景の中、何故か俺は一人で槍を振っている。
理由は分からない。気が付いたら槍を振っていた。それも俺の体の筈なのに、ちっとも自由にならない。まるで俺の体が誰かに操られているようだ。
気味が悪い事この上ないが、どうにもならないのだから仕方ない。それに操られてるとはいえ、やってることとは槍を振ってるだけだしな。
それにしても、槍ってのはこんな感じに使うのか。今までは単純に突くだけだったけど、払う、叩くといった動作もこなしている。
突きもただ単純に突くのではなく、突きながら捻りが入っている。素人目でもこっちの方が威力が高そうだ。なるほど、こうやって突くといいのか。
こうしてみると自分の体で体験?してみると、いかに俺の槍捌きがイマイチだったのがよくわかる。
やはり素人がいい加減にやっていたのとは違う、洗練された動きというやつだ。しかも、ありがたいことに俺が分かるレベルの動きしかしていない。
ここで達人級の動きとかされても多分理解できなかったろう。そう考えると、これは夢というより、何かのトレーニングなのかもしれない。
しばらく体が勝手に槍を振っているのを、他人事のように眺めていたが、突然それが止まる。と同時に体が動くようになった。
夢の中なのに動けるの? とも思ったけど逆に夢ならなんとでもなるか。明晰夢ってのもあるしな。
それより、これからどうするかだ。夢なんだから、そのうち目が覚めるだろうけど、逆に言えばどうやって目を覚ませばいいか分からない。
ボケーっとしてても仕方ないので、さっきの槍捌きを真似てみる。こんな感じか? なんか違うな。さっきのはどうやってたっけ?
そんな俺の疑問に答えるように、体が勝手に槍を振るう。あぁそうそう、こんな感じだった。って何だコレ?
だがその回答はない。体も動かせるようになっている。もしやと思い、今度は突きの動作を知りたいと思う。すると案の定、体が勝手に突きを繰り出す。やはりか。
さっきのが見取り稽古なら、教練モードといったところか。ここまで来れば、なんでこんな事になってるのか予想が付く。こんなの飛空艇の機能以外あり得ないしな。
どうしてこんな機能が作動したのかは謎だが、大方この部屋で寝たとかそんなところだろう。そんなのは起きた後に確認すればいい話だ。
それよりも槍を振るうことに集中しよう。きちんとした槍の使い方学べるなら、この機会を逃すことは無い。
特に捻りを加えた突きの動きだけでもマスターしたい。この動きが出来れば、トロールの首も貫けたかもしれないのだから。
時々見本を実演してもらいながら、只管突きを繰り返す。本当なら払いや叩きの動きも覚えたいところだが、素人が覚えきれるとも思えない。まずは一つの動作を修得するところからだ。
夢の中のためか、疲れることも手にマメができることもない。俺はただ槍を突くマシーンになっていった。
何十回何百回、突きを繰り返しただろうか。二百まではカウントしてたけど、いつの間にか数えるのをやめて突く事だけを考えるようになる。
更に突き続けていると、突くという動作すら考えることは無く、呼吸をするように無心で槍を突くだけになった。
そんな時、少し離れたところに煙が立ち込めた。だが気にも留めず槍を突く。
煙が晴れると、現れたのはコッコゥだった。だが気にも留めず槍を突く。
コッコゥは俺の姿を見ると、威嚇しだす。だが気にも留めず槍を突く。
やがてシビレを切らしたのか、突進してきた。だが気にも留めず……ってさすがに無理。なんとか回避に成功する。
見取り、教練ときて、今度は実戦練習ってとこか。だがコッコゥの動きなら慣れたものだ。落ち着いて動きを見極める。
試しに、適当に槍を振るって力尽くでコッコゥを倒してみたけど、煙になるだけで暫くすると何事もなかったかのように復活してくる。
つまりただ倒すだけではダメで、何か目標を満たさないと次に進まないってことか。
復活したコッコゥは、相変わらず油断なく俺を見つめている。そういや以前ももこんな風に対峙してたな。あの時はどうしたっけ?
あぁそうだ、あの時はこっちのスキを見せて、盾で受け止めたんだった。だが今は盾を持っていない。壊れたから持っていないのか、槍の練習だから無いのか。
夢なんだから盾の一つでも簡単に出せそうな気もするが、無い物ネダリしてもな。だが盾はなくとも槍はある。相手の動きを誘ってそこを突く、つまり後の先を狙ってみるか。
だがワザとスキを見せるのも難しい。特に後の先を取るとなると変な動作もしにくい。俺の方が逆にバランスを崩しヤツの突進が決まるだけだった。
ただ練習モードのためか、突進が当たっても衝撃があるだけで痛みなどはない。そしてコッコゥは間合いを取ると、再びこちらのスキを伺うようになる。
暫くスキを見せる→突かれると繰り替えす。うーん……後の先は難しい。よくよく考えたら、後の先とか達人の領域の考え方だよな?
槍を使い始めて三日目のヤツがやろうとすること自体、無駄なのかもしれない。
後の先の事は一旦忘れよう。それより、なにかヤツのスキを作る方法はないものだろうか? ボクシング漫画で見た余所見もしてみたけど、俺の目が突かれるだけだった。あれは対人用の戦法だったか。
まいったな……どうすっか。コッコゥはこっちをずっと見たままだ。瞬きもしていない。普通じゃあり得ないけど、今は普通の状態とも言えないしな。
手詰まり状態かと思ったけど、一つ思いついたことがある。これならコッコゥの注意を引けるかもしれない。
もしダメだったとしても、俺のスキルの一部なんだから夢から覚めることもできるだろうしな。




