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DOLL  作者: 星鼠
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達央 3

それから僕たちの交流は始まった。

彼は僕のためにスナック菓子を用意してくれていたが、

どちらかというと貰い物のお菓子の方が僕は好きだった。

自分が嫌いだからだろう、彼は遠慮がちにそれを出す。

彼が訊く事は決まってきた。今日何をした? 何を勉強した? テレビは何を観る?

僕は宿題のプリントを持って行き、見て貰いながら済ませるようになった。

彼が見ているから僕は字を丁寧に書く。彼が見てくれるから間違いもなくなる。

夏休み前のテストで僕はいつもよりいい点を取った。

僕はそれを彼に見せる。

「遊び過ぎって言われなくてよかった」と彼は言う。

彼が一緒に喜んでいるのが僕には嬉しかった。

母は「やればできる子なんだから」としか言わなかった。

テストが終われば夏休みを待つばかりだ。

僕はプール登校の事や子供会の行事などを話した。

いつもどおりにそれを聞きながら、時々彼は上の空になる。

僕は話すのをやめて彼を見た。

その視線に気づき、「ごめん」と彼は言う。

「気がかりがあってね」

それは大人が大人にする打ち明け話の始まりのようだった。

重い声の響きに僕はどきどきした。

踏み込みたい、だが感じた信頼は気のせいかも知れない。

僕は何も聞き返せないでいた。

黙っている僕を彼は見る。

彼が待っているのだと知り、僕は訊く。「何?」

今度は彼が迷う。迷えないところまで自分を追い込んでおきながら、迷っていた。

「何が? 気が かり? 僕に何か出来る?」

彼は立ち上がる。

左側の部屋のふすまを開け放ち、肩ごしに僕を見た。

僕が立つのを確かめて彼は和室に入って行く。

テーブルを離れ戸口まで行き、僕は薄暗い室内に目を凝らした。

彼が勉強机の椅子から人形を抱き上げるのが見えた。

僕は一歩踏み入れた。敷居を踏んでいけない事は母に言われて知っている。

文字通りの一歩を彼は咎めなかった。僕は奥に進み、彼の傍まで行った。

彼は少し身を屈めて人形を僕に見せる。

「弟」

彼でなかったら、僕は笑っていただろう。

その時の彼がそれほどまでに無防備でなければ、あるいは僕は笑っていたかも知れない。

「そうなの?」

「うん」

「いくつ?」

「君と同じ」

「でも小さいよ。僕よりずっと小さいよ。三歳くらいじゃないか」

彼は人形を抱き締めた。

「弟はこれより大きくはなれない」

「どうして」

「事故で死んじゃったから」

「三歳で?」

「の少し前」

僕は人形を指さした。「弟に似ているの?」

「弟だもの」

僕は言いたかった。彼があまりにも切なく、あまりにも優しく人形を抱くから。

彼が認識していないのではないかとさえ思えたから。

だがそれを口にしたら二度とこの部屋に招かれないだろうと分かっていた。

沈黙の後、彼は言った。「そうだよ」

「えっ」

人形を椅子に戻し、「これは人形だよ」と言う。「分かってるさ」

彼の言葉には棘があった。僕は心を読まれたのかと思った。

人形じゃないか。

怯えた顔をしたのだろう。彼は僕に笑いかけた。

「ごめん。君にじゃないんだ」

僕の背を押して部屋から出た。

「父さんが処分しろと言う。作らせたのは父さんのくせに」

「作らせた? え 処分? じゃ ……何のためにお父さんは?」

「母さんのお棺に入れるためさ」

僕は葬式に出た事がなかった。祖父母はどちらも健在だった。

彼の言葉が僕を凍らせたのはそれが想像できたからではない。

僕を見て彼は顔を顰めた。それからまた「ごめんね」と言った。

「ううん!」 僕は急き込んで応える。

「驚かせてごめんね。でも 何かもうどうしようもなくて。味方が欲しかった」

「何をしたらいいの? 言って」

彼は笑う。とても優しくて、とても寂しい笑顔だった。

「ありがとう」 彼はそれだけ言って僕の頭に手を乗せた。


夏休み、僕は学期中より頻繁に彼に会えると思っていた。

だが彼は親戚の家に行かなくてはならないのだと言う。

思いつめた顔をするので、僕は残念だけど仕方ないねと言うしかなかった。

彼はいきなり僕の手を握る。僕は驚いた。

「毎日でなくてもいい」

「えっ」

「部屋のカギを預けておくから」

「え?」

「弟に」

その意味は分かった。弟に会いに来てくれというのだろう。

だがどうして彼は人形を持って行かないのか。

「人形だよ」と吐き捨てた彼の顔を思い出す。

処分しろという父親の事を思い出す。

「勝手に入って いいの?」

「日曜日は 父さんがいる。お盆休みは10日過ぎくらいから。

平日の昼間ならいつでも。頼める?」

必死な彼を前に断れるわけがない。断る理由もない。

母親の小言から逃げ出す場所も確保される。

「話し掛ければいいのかな? 抱っこもする?」

「友達とかを抱っこする?」

「まさか」

「じゃしなくていいさ」 彼は力の抜けた声で言った。

そして僕の手を離そうとした。僕はそれを握り返し、「任せて」と言った。

彼の顔に広がった笑顔が忘れられない。



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