お風呂に入ったら霜焼けが(以下略)
バス・トイレ別。
この物件を不動産屋さんで探していたときに、記載されていた項目だ。
見学にきて、それぞれ別な扉から入ることは確認した。下部の水漏れ対策はきちんとしてあるのはいいとして、上部が開いていることを大いに指摘してやりたい気持ちにはなったが。
まあ、こういうのは書いた者勝ちらしいから、こうして現地を確認しろってことなんだろう。
そこそこ年期の入ったマンションであったが、広さにしては格安だったこともあり、こうして無事に借りて住んでいる。
お風呂に入っているとトイレの方にまで湯気が充満してしまうのも、もともと隙間風という名で風通しはよかったから、換気にさえ気を使えばカビにも困らなかった。
そんなことをつらつらと考えている私は、現在入浴中である。
追い炊きできないから冷める前に上がらないと、とか。
入浴時間が長引けばカビ菌どもに快適な生育環境を提供してしまう、とか。
思うことは色々あれど、目下、私の脳内を占拠している問題はひとつ。
――お湯で温められた霜焼けが切り落としたいほど痒い。
原因は判っている。
くつ下を履くのがとにかく嫌いな私は、隙あらば裸足でいる。季節に関係なく、だ。
そして低体温ではないくせに冷気を感じると熱という熱を守ろうと働く本能のせいで、末端冷え性という嫌な体質までついてくる始末。
これは、うっかり裸足のまま極寒の台所で食材を刻むのに夢中になった代償だ。数日前の私に制裁を加えてやりたい。
実家では、冷え性な母が父と私たち兄弟を白い目で見ていたから、これは父方の遺伝だと信じている。
それでも実家ではこれほどひどい霜焼けにはならなかった。歩くと腫れた患部に圧力がかかってむしろ痛みまで感じるなんて、これはなかなかに重傷な気配がする。
凍傷になって切断、という恐ろしい未来が浮かぶも、普段は室内にしかいないのにまさかと否定する。長い沈黙のあとに多分、と小さい声で付け加えるあたり、脳内の私も自信喪失気味だが。
この家では冬場の生命線である暖房器具のこたつに入っているときにも痒みは襲ってくるが、温まり具合が不十分なのか痛い方が勝っている。
やはり、お湯の威力は桁違いだ。
現実逃避のためにそんな一人脳内会話を繰り広げるも、痒いものは痒い。
――切断したい。
うっかり危ない思考に陥りそうになる思考を、慌てて軌道修正する。
北国の冷え込みは地元の比ではなかったということだ。
内陸にあり、築年数のいった木造家屋には断熱材の欠片もない。真冬は室内で息が白く、作業していれば半時で手が使い物にならなくなる。隙間風のおかげで換気要らず。外との違いは風の有無。
そんな環境で去年まで生活していたから、妙な過信があったのは確かだ。
うちの子どもたちは北国仕様、なんて呑気に言っていたらしい父親よ、そんなことを言う前に暖房環境を整えやがれ、お願いします。
北国、甘く見ると火傷(主に冷たい方の)した。
ついでに言えば、痒みは痛みよりも発狂するという事実を実体験から学んだのは数年前のことだ。
神経を伝わる信号の種類は同じで、強弱だけが違うことはどこかで聞いた。痒みは弱い信号らしいが、痛みの方がまだ耐えられると、信号が強くなるのを希望した回数は数知れず。
誰かを拷問にかけるなら、痛みより痒みを与えるといいと思う。どうやるか知らないが、全身を痒くして掻いたり叩いたりできなくすれば殴るより効率的だきっと。痒くするのは……漆とか? そのあたりのことは詳しく知らないけど、毛虫は嫌だな。
思考を痒みから逃がしているうちに、身体も温まってきた。とにかく冷えるので、しっかり熱を吸収しておかないと死亡フラグなのだ。これは実家のお風呂環境と同じなので、こちらに越してきてからもあまり変える必要はなかった。
軽いものであればほぼ毎年、霜焼けには悩まされてきた。
そう言えば、いつか養護の先生に相談したときに、お湯と水に交互につける予防策を教えてもらったっけ。藁にもすがる思いでやってみたその年は、授業に支障が出かけた前年ほどひどい霜焼けにはならなかった。
それを事前に実行しておけば、とまで考えて否定した。
追い炊きもなく、冷めていく一方のお湯。そんな悠長に手足に予防を講じていては、風邪を引く己が目に浮かぶ。
ついに信念を曲げて足下を文明化しなければいけない時が来たか。
ちなみにこれはくつ下を拒み続ける私を見た友人の言葉だ。裸足=非文明人だなんて、なんて失礼な。各方面から謝罪を要求されても私は知らないからね。それに信念だなんて、そんな大層なものではないと思うけれど。
充分に温まったところで湯船から出る。
脱衣所なんて親切なものはないので、浴室を出る前によく水気を拭っておかないと冷えて死ぬ思いをする。これも息の白い脱衣所完備な実家で学んだ知恵だ。
むき出しのタイルを歩く足が相変わらず痛い。歩行に支障が出つつあるこの現状。もう観念するしかないな。
そうして次の日。私は室内用に温かいくつ下を探しに行った。
だいぶ前に年も明けて、そろそろ春も近い頃合い。各店舗で防寒商品の叩き売りが行われていた。
幸いにも気に入ったものがあり、三割引きで購入した。家事をする際は必ず身につけて、来年こそは脱・霜焼け。
そういえば、数年前にウールのコートを買ったときも、季節外れでセールが始まった頃だった。つまり、それまで薄い綿のコート一枚で寒さに耐えていた。隣に乗ってくるちょっと太めのサラリーマンで暖を取ったこともあったっけ。においで頭痛が誘発されてしまう私でも大丈夫な、いい匂いのリーマンで助かった。
何度か痛い目に合わないと行動に移さないのは駄目な癖だ。よく解っているものの、喉元過ぎれば暑さを忘れるのは実に日本人的だと思うんだ。
まあ、そんなことよりも。
声を大にして、でも迷惑がかかるから心の中だけで、主張したいことがある。
――霜焼けが痒くていっそ一思いに切り落てくださいッ!