彼の過去
どうしてこうなった……!?
「おい、昨日話してた漫画、あれって結局どうなるんだ?」
「しるかよー。作者に聞け」
「ねえ、駅前に新しい服屋ができたみたいなんだけど」
「あ、それいいね!来週くらいに行かない?」
「おーい、お前の家って何時が門限?」
たわいない会話をする生徒。
ごくごく普通の日常。
それは、突然壊された。
「おいお前ら!落ち着け、帰りの会を始め――――
『校内に赤い車が入ります!繰り返します、校内に赤い車が入ります!!場所は第三校舎です!!』
車が入る。それは、不審者の侵入を知らせるもの。
車の色で、その人物の危険度を現している。信号と同じく、青、黄、赤の順に危険度は増してゆく。
場所は当然、侵入された場所。
つまり、この放送は、彼らのいる第三校舎に、危険度最上の侵入者が発生したという事だ。
しかし、当然。
このような放送があっても、少年少女たちは慌てない。
どうせ間違えたか、あるいは訓練だと、高をくくっていた。
その声に含まれた危機感に気が付いた一人の少年を除いては、だが。
不幸なことに放送した教師が生徒をあせらせまいと危機感を無理やり封じ込めたため、それは生徒へは届かなかった。
その放送が終わるか終らないか。
その瞬間に確認のために廊下に顔を出した少年は、驚愕した。
彼のいる教室は一階。
その隣の教室の窓の列のちょうど真ん中の廊下に、細身の男が立っていた。
服装はだらしないの一言、目は少し離れている少年からでもわかるほどに血走っており、全身が震えている。
しかし、彼が驚愕した点はそこではない。
男の抱えているものが、大半の日本人は一生見ることもなく死んでいくであろうものだったからだ。
「Avtomat Kalashnikova-47 (アブトマット・カラシニコバ)」通称AK―47。
泥詰まりなどに強くさまざまな地形で使用できるうえ、数日もあればだれでも使用できるようになるため、世界各地で使用されているアサルトライフル。
いろいろな形に派生したこの銃は、多数の死者を出している。
少年は実物を見るのは初めてだったため、原点であるAK-47であるとは断定できなかったが、それが脅威になることは理解していた。
たとえば、この銃は一分で六百発以上撃てるということ。
取り付けられたマガジンは箱型、つまり多くても30発の弾丸しか入らないとはいえ、弾数など関係なく。
ほとんどの銃には。
殺傷能力がある。
「うぅおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」
叫んだ男は、銃口がこちらに向いていることに気づき人生で最速であろう回避行動をとった少年の頭のあった空間を、銃弾で抉っていった。
ちょうど柱のところに当たっているうえに、狙いが少しずつずれているので、柱や壁が貫通することはなさそうだった。
「十発……十五発……二十発……」
何かの映画で見た、相手の発射した弾数を計測し、残りがゼロになったタイミングで飛びかかる。
そんな技術を試すべく発射された弾数を数えていた少年だったが、銃弾の連射は大体二十を超えたあたり
で止まった。
「くっそ、おい!全員窓から逃げろ!!先生!指揮をとれ!!」
少年は叫んだ。
微妙に中二病に混じったそれに、しかし、それに答える声はない。
「馬鹿野郎!俺たちは撃たれてんだぞ!とっとと生徒を逃がせ!!」
再度叫ぶが、何も動く気配がない。
たまらず振りむいた少年の目に映ったのは、固まった生徒と先生だった。
当然だが、平和な日本に生まれた人たちでは、命に関する危機管理能力はかなり低い。
生徒たちは学校で、銃撃された時の動きを習わず、先生のマニュアルにも、銃撃されることを考慮されたものは載っていない。
少年が動けること自体が異質なのである。
彼がとっさとはいえ動けたのは、直接命を狙われたことで思考がクリアになっていることと、もう一つ、理由があった。
それはほんの些細な約束。
彼は、学校では特に会話も交わさなかったが、同じ塾に通っていた少女と仲が良かった。
中学生には似つかわしくない、まるで人生に達観したような喋り方をする少女だった。
成績優秀で、スポーツ万能、リーダシップが強い。
学校の彼女について、彼が知っているのはそのくらいだった。
それは彼氏彼女に分類されるものではないと少年は認識していたが、少なくとも大事な人物であるとは思っていた。
「もしも、君の目の前で誰かが危険な目にあったときは、その人を必ず助ける。約束してくれるか?」
いつ、どんな会話からそこまでたどり着いたのかは覚えていない。
しかし、その言葉は、本人にも自覚していなかったが、確実に彼の存在の一角を担っていた。
塾帰りに限り、会話をしようと言ったのは少女だった。
今まで通り、学校では無関係。そう言ったのは少年だった。
その少女は、二階の教室にいる。
「つっ、このやろ!!」
男が振り向いて、階段へと向かおうとした瞬間、少年は走り出した。
ただし、なるべく音をたてず。
そのおかげなのか、男は少年がポケットの中にあった鋏を、半分程首筋に突き刺すまで、全く気が付いていなかった。
「がっっ!?ぐががぎぃ!!」
人間かと疑いたくなるような叫び声をあげて、男は振り向いた。
しかし、突き刺された鋏は致命的だとわかったのか、慌てて鋏を抜こうとする。
銃を取り落したことにも気づかず、血でぬめる鋏を抜こうとする男。
少年は、男が落した銃を拾い、その重さで取り落としそうになりながらも、しっかしとグリップを握り、男の足へと銃口を向けた。
引き金が、引かれた。
しっかりと構えていたおかげで、狙い通りに足を掠めるコースをたどった銃弾は、男の足を壊した。
しかし、男の絶叫や吹き出る血にも構わず、少年は上を向いた。
銃声が、上からも聞こえた……?
「……!!ぁあ!!」
声にならない叫びをあげて、少年は駆け出した。
銃を持ったやつは、もう一人いたんだ!俺の攻撃で男の悲鳴が聞こえたから、誰かを撃った……!!
階段を登り切った瞬間、再び銃声が、今度は二つ、間隔をあけて聞こえた。
左の教室からだ。
少年は、廊下が安全かどうかの確認もせず飛び出して、銃声が聞こえた教室へと飛び込んだ。
そこに広がっていたのは、凄絶な光景だった。
男が倒れていて、その隣には、血まみれの何かがある。
それが人間であることに気が付くまで、少し時間がかかった。
その人物はAK-47を抱えており、幸いなことに、四肢も頭も吹き飛んではいなかったが、大量の血で赤く染め上げられていた。
慌てて駆け寄り、血まみれの人物を助け起こす。
そこで、彼は、倒れていた少女が、約束をした少女だということに気が付いた。
「……!!……腹を撃たれたのか!!」
二か所から血が溢れ出していることに気が付いた少年は、その部位を強く押さえる。
しかし、AK-47の弾は、体内で衝撃を散らし、体の中を壊す。
その体の中がどうなっているのか、少年には分からなかった。
「ああ、君か……」
「……!?」
声をかけられ、少年は少女の顔を見た。
「……喋るな。傷口に触る!」
少女は身動きをしようとしたようだが、体に激痛が走ったのか、顔を歪ませた。
「ぐっ……ふぅ、全く……世の中とは……なかなか……うまく……いかないものだな……」
「どうした、死亡フラグか?お前はそんなんじゃないだろう!!」
半ば泣きそうになりながら、傷口を抑え続ける。
しかし、次々とあふれ出る血は、一向に止まる気配を見せない。
「……そんなんとは……酷い言い草だな……それに私と君との関係を……塾帰りにのみ限定すると……言ったではないか……」
「ふざけるな……!お前くらいしか、銃持った人物に撃たれるような事をするやつが思い浮かばなかったんだよ!」
「それは答えにはなっていないぞ……?……まあいい。それより……君には言っておかなければ……いけないこと……が、あったんだ……」
「もうしゃべるなって!ほら、サイレンが聞こえるだろ!?」
少年は救急車のサイレンがどんなものだったかは思い出せなかったが、複数の警報が鳴り響いていたため、救急車が来たと考えた。
「くそっ……。じっとしてろ……!!」
少年は少女にそう告げると、窓に駆け寄って開け放ち、叫んだ。
「人が撃たれてる!!犯人の二人は鎮圧した!!すぐに来てくれ!!」
外で野次馬をしていた輩をかき分け、警官隊と救急隊員がかけてくるのを見た少年は、少女の傷を再び押さえ始めた。
「ふっ……。どこかに行ってしまうのかと思ったぞ……?」
「お前、俺を馬鹿にしてんのか?」
少年は、少し怒りながらも、少女に答えた。
「もう大丈夫だろ。警察も救急も、隊員が押しかけてきてる」
少年が告げると、少女は安心したようにつぶやいた。
「そう……か。ああ、言い損ねるところだった……」
「何をだ?」
その時、その瞬間のことを、少年は一生忘れないだろう。
「君のことが、好きだ」
「…………は?」
「……何度も……言わせるのか?意外と……恥ずかしいのだ……ぞ?」
部屋に、救急隊員が突入してくる。
正気に戻った少年は、彼女に向かってこう告げた。
「……返事は、お前が生きて帰ったら伝えてやる。だから死ぬな」
担架に乗せられた少女は、微笑んだ。
「それは……死亡フラグというものを……回避するためか……?」
「はっ、どうだかな」
普段の調子を取り戻した少年は、救急隊員に話しかけた。
「腹を二か所撃たれてる。AK-47の銃だから、体内の損傷が激しいかもしれない」
救急隊員は、一瞬驚いた後、話を続けた。
「了解しました。この方に付き添いますか?」
少し悩み、答えた。
「いや、大丈夫です。俺は警察に事情聴取されてきます」
警察の隊員に、自分は一階で起きたことなら大体話せるというと、
「それなら、付いてきてください」
と言われた。
そのあとは、警察車両に入れられて、テレビでよく見る尋問部屋ではなく、ソファーとテーブルの付いた部屋に案内された。
起こったこと全てをを説明すると、警察官から病院に行くように言われた。
精密検査の結果、最初の銃撃で頬に傷ができていることを除けば、全くの無傷だった。
病院であいているベッドを使わせてもらい、そこで寝た。
一週間後。
少年は、少女の病室を訪ねていた。
幸いなことに命に別状はなく、普通に話せるようになっていた。
とはいえ、銃弾を二発喰らったのである。
この先一か月は病院暮らしだそうだ。
「それで、お前はどうやって犯人を制圧したんだ?」
「ああ、銃で腹を撃ったことで油断したのだろうか、部屋から出ようとしていた。後頭部に肘を打ち込み、取り落した銃で腰を撃った。それだけだ」
警察の事情聴取も受け、一通りのことは終わったらしく、後は病院で暮らすだけだそうだ。
「……それだけか」
「ああ、それだけだ……。はははっ!」
珍しく、声を上げて笑う少女に、少年もつられて笑う。
「ふっ、はははははは!」
少女も笑う。
「っく、はははははは!」
結局、少年と少女は、看護師に注意されるまで笑い続けた。
少年が少女に、答えを伝えるまで、残り――――。
少女が少年に、微笑みかけるまで、残り――――。
はい、次からは戻ります。




