転移
更新します。
四人を残して全員退席し、扉が固く閉じられた後、聖女が微かな声で歌いだした。
小さな声で歌っているために一体何なのか内容はわからなかったが、その声が体か何かを侵食し始めていることに雫は気が付いた。
急いで耳をふさごうとしたが、たった二秒三秒聞いていただけなのに、体が動かなかった。
「……逃がしませんよ?」
上目遣いで甘い声で囁く聖女だったが、歌は継続している。
「っく、エレナ、もう逃げよう。早く発動して」
雫はスキルがばれることも考慮した上で、かなりの小声でエレナに向かって指示を出す。
『分かった。さん、にい、いち、――――
雫の方を見ていた聖女の顔が、一瞬驚きに染まる。
――――転移!!』
エレナの力によって転移する瞬間に雫が見たのは、聖女がこちらに手を伸ばし、何か鎖のようなものを飛ばしたところだった。
その直後、雫は、最初に降り立った町の広場にいた。
「……ふぅ。危なかった……」
エレナの力の一つ、記録した場所に転移できる力を使い、どうにか戻って来たのだった。
『聖女のあの歌は、どう考えても洗脳系だね。あれを聖女と呼ぶんだから、人間はどうかしてるよ』
「まあ、あれを秘匿してるんだから問題ないんだろうけどね」
『ふーん。なるほど。で、これからどうするの?』
「やっぱり冒険者ギルドへの登録だね。検査網みたいなのが張り巡らされる前に会員になっておかないと。あの聖女も少しの間は馬鹿を洗脳することに手いっぱいだろうけど、それでも急ぐに越したことはないし、それにあの人に会う必要があるし」
『あ、よく考えたら王子も聖女の洗脳を食らってるんだよね』
「あ、確かに。とすると、聖女はかなりの権限も持ってるってことになる……。ん?エレナはあの歌が効かなかったの?」
『うーん、多分、精霊の存在がかなり珍しいんだと思う。私は雫に呼び出されたから生まれたんだしね』
驚愕の事実。精霊は呼び出されることによって生まれる。とすると、精霊の元となるものがある場所で契約をすると、精霊が生まれる可能性があるのかと、雫は新しい疑問を持った。
「なら、これからは自由にするとしても精霊の数は増やしたいね。図書館かどこかに行って探してみようかな」
雫とエレナは、これからの行動を決め、迅速に動き始める。
一方その頃、謁見の間。
「ふふふ、逃げられてしまいましたか。流石は勇者様。常識を簡単に超えてくる」
聖女は、歌を続けながら、一人ごとを呟いていた。
「さて、史繰様。貴方はこの歌が終わるころには私のものです。しかし、心配することは何もありませんよ。すべては神の意志。神は間違いなどしません」
王子の頭を軽くなでながら、聖女アリーリ・ルーレンド、神の使いは、頭上の神の描かれたステンドグラスを見上げた。
「ああ、それとこれが終わったら、さらにこの世界にやってくるもう一人の勇者様の案内をお願いします。くれぐれも慎重にお願いしますね」
冒険者ギルドへ駆け込んだ雫は、ソフィアやユキと同じように、スキルの一部やステータスを隠しながらギルドの登録に成功していた。
雫は彼が絶対ここに現れると確信していたが、ソフィアはギルド職員とゲインに、宿の案内を外でされている最中だった。
実は雫は、冒険者ギルドに入る前の大広場でソフィアを見ていたのだが、観察のスキルのスキルを使った結果、別人と思い込んでいた。
エディットのボタンを押したときに性別の変換が可能だと知っていたが、それでも気が付かなかったのは、さすがの雫も勇者である自分と同じくらいのチートを、二人も連れて歩いているとは予測できなかったからだ。
結果、雫は彼女たちは熟練の冒険者だと考えた。
運命の交錯ののち、彼女らが再び向かい合うときは来るのか。
あるいは、結局邂逅せず終わるのか。
それは神ですらも知れぬことだった。
しかし、それを眺める者はいる。
『雷剣』をはじめとする渡界者達――――世界を渡る者ら――――の意志まで飲み込んで、しばらくの間この大陸は荒れることとなる。
それに気づいていたのは、ごく少数の人物のみであったが。
ひとまず雫サイドは終了です。
次はソフィアサイドです。




