心理・頭脳戦
更新します。
「よし、入っていいぞ」
何かの認証をしていたのか、あるいは観察のスキルを自分に使ったのか。
微妙な時間が過ぎ、雫は謁見の間に通された。
「ふむ……」
『異世界において、何者が民衆を支配しているのか。それを知ることが重要だ。もしも謁見の間とかに行けるようなら、即座にその場の一番の地位の人物を見極め、ついでにできれば、近衛兵の実力も知っておいた方がいい』
雫は、彼の言葉に忠実に謁見の間を見渡した。
まずは、オタクが謁見の間と聞いて想像するような、大きなガラスの使われた部屋。
白を基調とした床や柱。
そして、左右それぞれにいる、三十人ずつほどの文官と帯剣している武官。
王座の後ろには、おそらく見るものに畏怖を与えようとしての構造なのだろう、大きなステンドグラスがある。
聖母らしき人物が赤ん坊を抱え、そのそばには賢者と勇者らしき人物が並んでいる図は、そういったものに疎い雫にも素晴らしいものだとわかった。
そこから入る陽光に包まれた一段上の場所には、王座に腰かけた少年と、ステンドグラスの聖母と似たような服に身を包んだ美女がいた。
「うむ、君が勇者なのだな?自分はエラッド王国国王、エラッド・ベンだ。勇者殿、これからよろしく頼む」
「いいえ、私はこう言ったものに憧れていましたので、むしろ光栄です」
国の象徴ともなる勇者をこういったもの扱いをしたが、周りの人間に反応はない。
しかし、これだけの事でも、雫は重要なことを一つ知ることができた。
(勇者を召喚するのは今回が初めてではない。しかも、おそらくその対応にも慣れている)
これだけでも、かなり重要な情報だ。
できれば前に召喚した勇者が何人生きているのかを聞きたかったが、それは後で確かめようということまで考えた時、王子のそばの女性が話しかけてきた。
「城壁防衛部隊の隊長から、事のあらましは聞いたと思われますが、もう一度私からお話しいたしましょうか?」
その言葉だけで、人を操ることに長けた、感情を表に出さない影の支配者であることを雫は悟った。
確証を得るために、王子のときよりもやや乱暴に答える。
「……いいえ、大丈夫です。魔族によって攻め込まれている人間が、私を勇者として召喚したのですよね」
すると、視界の端で文官らしき人物が一人、わずかに体を震わせた。
それに込められた意味が「やばいぞ、いくら勇者でも死刑になるぞ」なのか、「ふざけるな!なんという口の利き方だ!!」なのか、あるいはほかの何かなのかは雫には理解できなかったが、少なくともこの女性が王子よりも大きな権力を有していることはわかった。
「失礼しました。わたくしは聖女アリーリ・ルーレンドと申します」
「聖女様でしたか!これは失礼いたしました」
さらに情報を得るために全く思ってもないことを返した雫だったが、聖女から反応が返ってくる前に、扉の前が何やら騒がしくなった。
「……ける……おい、聞いて……早……えせ!」
その声で、誰が騒いでいるのかを理解した雫は、心の中でため息をつく。
「何事だ!」
今度は、武官らしき人物が叫ぶ。そこで返された答えは、雫が予想していたものとほとんど同じだった。
「すみません!勇者様がもう一人いらっしゃったのですが、元の世界に返せと――――」
「通しなさい」
聖女の一言は、兵士や武官が大きな声を上げてやっと伝わる扉の防音効果を、たやすく貫通したようだった。
ここで雫は(観察スキルは危なさ過ぎて使えなかったが)、聖女が超人的な力を宿していることに気づいた。
「……っは!!通せ!!」
兵士の声の後、重々しく開かれる扉。
その向こうには、乱れた金髪の馬鹿がいた。
彼の名前は三塚出 史繰。
雫をいじめていた主犯格だ。
「おい、ふざけん……な……」
史繰の声は、場の雰囲気に当てられたのか、少しずつしぼんでいた。
しかし、雫を見た瞬間に再び声を上げた。
「おい!どういうことだこれは!いったい何が起きてんだよ!」
喋っている言葉が日本語ではないと思った雫は、最初に表示されていた四つのパネルのジョブスキル集的なものの中からどれかを選んだのだろうと察した。
ちなみに、そこについていたのは 異世界言語習得:会話 という、話すことはほとんどできるが、読み書きはできないというかなり微妙なものだった。
一瞬史繰が、異世界言語習得の上位スキルの習得に成功していて、はったりを噛ましているのかと深読みしたが、それはないと打ち消した。
ちなみに謁見の間に入ってからこれまで、雫の表情は、意図してわずかに変えた以外全く変わっていない。
「黙ってないで早く答えろよ!!ふざけんなコラ!!」
遂に苛立ちが最高潮に達したのか、雫に詰め寄り始める史繰。
同じ故郷の知り合いにあえてわずかに安堵した、という表情を作ろうかと思ったが、さすがにそれは面倒なことになるし、史繰の反応を見る限りだませそうにないなと、聖女とのフラブおよび表情の読み合い対決を続行する。
史繰はもはや雫の脳内では全く相手にされていないが、そんなことに気が付くような脳みそを持ち合わせているのであれば、大声を上げて自分は焦っていますよということを周りには伝えない。
「勇者様、落ち着いてください」
「んあぁ!?なん……ぇ?」
雫にこれまでほとんど情報を渡さなかった聖女の表情は、間抜けな表情で固まる史繰を、どうやって操ろうかと考えているようにしか見えなかった。
「勇者様。貴方達にはry」
「お、おう。よろしくな。俺の名前は三塚出 史繰だ」
馬鹿が名前を教えたため、雫は自分の名前まで出さないかと内心ヒヤッとした。
異世界において、名前を知っている人物を操れるスキルが存在していないとも限らないからだ。
しかし、聖女に見惚れているらしい史繰からは雫の名前は出てこなかった。
「勇者様が一人足りないようですが、仕方がありませんか。それでは、皆さん退席をお願いします。勇者様と国王様と四人で、話したいことがありますので」
簡単な説明の後、聖女は人払いをする。
実は、ソフィアに逃げられた兵士たちは何も報告していなかった。勇者を逃がしたとして罰を受けるのが怖かったからだ。
もちろんそんなことは知らない雫は、聖女がどうにかして勇者の人数を知ることができる事を知り、、もう一人が彼であると楽だなと思った。
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