ESP部のとある身上
とある放課後。某県立高校、南校舎三階の「ESP研究会」部室にて。
この研究会には現在四名のメンバーがいるが、部屋の長たる部長は進路指導の説明会。いつもうるさい河野五月なる女子は、何やら遅れている。藤沢はここにいるが、部屋の隅で鼻歌を歌いながら携帯をいじっている。
この空間には、昨日の同じ時間と比べても明らかに落ち着いた穏やかな時間が流れていた。
椅子に座って漫画雑誌をペラペラめくりながら、坂巻が頭の片隅で「こういう一時こそが人生における至福なのかもしれない」と何となく思っていると、入口のドアがガラガラ開き、至福とは程遠いどんよりした空気を纏った五月が入って来た。
トボトボ教室の中程まで歩を進める五月に、雑誌から目を上げ、
「ど、どうした?」
と坂巻が驚きながら尋ねると、
「いや、ね……」五月は俯きながら、「掃除中に花瓶落として割っちゃって、今まで伊藤先生に説教くらってたんだけど」
「それはそれは……」坂巻は苦笑い。「よりにもよって伊藤先生か……。やたらくどいからな、あの中年教師。説教食らった生徒は、大概憂鬱になるって言うし……。でも、いくらなんでもそこまで落ち込む程じゃないだろ?」
五月は鞄を机に置き、椅子に腰掛けながら、
「うん、それだけなら良かったんだけど……。ただ、ぼーっと先生の頭見てたら、イメージと言うか何と言うか、ぼんやりと見えてきたのよ」
「何が?」
「先生のハゲ頭」
「…………」
「で、思わず笑っちゃって、お陰で余計怒られたのよ」
はあ、と五月はメランコリックにため息をついた。冷や汗をたらしつつ、同情すべきか否か坂巻が迷っていると
「確かに、伊藤教諭はカツラ疑惑があるからね。無理からぬ事ではあるよね」
携帯をいじっていた指を休め、微笑した藤沢が横から口を出してきた。しかし五月は首を横に振る。
「いや、これは多分アレのせい」
「アレ?」
首をかしげる藤沢に、五月は
「透視」
「……あー」
口を開け、「そうか、それか」という顔をする坂巻。そして嘆息し、
「ったく、何でお前はそんなに不幸そうなんだ? もし僕にそんな能力があれば、最大限有効利用させてもらうってのに」
「有効利用?」
「そっ。例えばテストのカンニングとか、くじ引きの中身見たりとか、食玩当てたりとか、ババ抜きとか、もちろん服も――」
「言っとくけどね、透視ってそんないいもんじゃないんだから」
「そうなのか? でも、お前だって、人の服とか透けて見えたりしてるんだろ?」
坂巻が言うと、五月は真っ赤になって立ち上がり、
「う、うう、うるさい、うるさい、うるさいっ! べ、別にあんたの裸なんて見てないわよ! へ、変な言いがかりはやめてよ! 最低だわ! 横暴だわ! 晴天辟易だわ!」
ポカポカ坂巻の頭を殴ってきた。
「いてっ! いてっ! 何だよ、いきなり! それを言うなら霹靂だっ! と言うか、止めろっ!」
言いながら、坂巻は頭をかばう。小一時間それが続き(藤沢はその様を横でにんやりしながら眺めていた)、少し息が上がった五月は、
「大体ね、くじびきとかで透けて見えても、字が小さけりゃ読めるわけ無いでしょ。それに、私だってこの能力で苦労してるんだから」
「苦労?」
「そっ。苦労よ」目を閉じ、人差し指を天井に向ける五月。
「目が疲れるとか?」
「違うっ」
「集中力を使うとか?」
「違うっ」
「能力がばれると、友達にひかれるとか?」
「あながち間違いじゃないけど、違うっ」
「厚化粧の人のスッピンが見えて、笑いをこらえるのが大変とか?」
「……たまにあるけど、違うっ」
「知りたくなかった人の秘密が分かっちまうとか?」
「おしいけど、違うっ」
「……わかんないよ」
これ以上の答えが見つからず、肩を竦める坂巻。五月は坂巻をキッと睨みつけ、
「いい? 物理的に考えて、透視だって、目の焦点が合った場所のものが見えるのよ」
「……つまり?」
「人の血管とか、筋肉とか、内臓とかが見えるのよっ!」
「……あー。確かにそりゃ嫌だな…………」
もはやただのコメディですが、シリーズの前作、前々作がSFなので、引けなくなってしまいました。すいません。
とりあえずの超能力SFという事で……。